, rev. 2
ꞇᷝ hıalprecſ. þa eɢıaþı reɡıɴ ſıɡvrþ ꞇᷝ at veɡa ꝼaꝼnı. Sıɡ̓. oc reɡıɴ ꝼoꝛo vp aɡnıꞇa heıðı hıꞇꞇo þar ſloþ ꝼaꝼnıſ. þa e̓ ħ ſkreıþ ꞇᷝ vaz. Þar ɡoꝛðı ſıɡ̓. ɡróꝼ mıcla aveɡınō ⁊ ɡecc ſıɡ̓. þar í. Eɴ er ꝼaꝼn͛ ſcreıþ ɡvllıno bleſ ħ eıꞇͥ ⁊ hrꜹꞇ þ̕ ꝼͮ. oꝼan hꜹꝼ̄ ſıɡvrþı. Eɴ er ꝼaꝼnır ſcreıþ yꝼ̓ ɡroꝼna. þa laɡðı ſıɡͮ. ħ m; ſv̓þı ꞇᷝ hıarꞇa. Ꝼaꝼn̓ hrıſtı ſıc barþı hꜹꝼꝺı ſpoꝛðı. ſıɡ̓. hlıóp oꝛ ɡroꝼıɴı. ⁊ ſa þa hvaʀ aɴan. ꝼaꝼn̓ q.
(Ꝼaꝼnır)
Sveıɴ ſveıɴ hv̓ıō erꞇv ſveıɴıv̄ boꝛıɴ hv̓ra erꞇv mͣ mꜹɡr. er þv aꝼaꝼnı rꜹ́ꞇ þıɴ ıɴ ꝼrána mękı ſtōdōc ꞇᷝ hıarꞇa hıoʀ.
Sıɡvrþ̕ ꝺvlþı naꝼnſ ſınſ. ꝼͮ þͥ aꞇ þ̕ var ꞇrva þ̕a ıꝼoꝛneſcıo aꞇ oꝛþ ꝼeıɡſ ᛘ ᷦ męꞇꞇı mıkıꞇ eꝼ ħ bol vaðı ovın ſınō m; naꝼnı. ħ. q.
(Haɴ)
Gꜹꝼvɡꞇ ꝺyr ec heıꞇı ē ec ɡenɡıꞇ heꝼc ıɴ moþvr lꜹſı móɡr ꝼꜹꝺ᷑ ec acka ſē ꝼıra ſyn̓ ɡenɡ ec eıɴ ſaman.
(Ꝼaꝼnır)
Veızꞇv eꝼ ꝼꜹþvr ne aꞇꞇað ſē ꝼıra ſyn̓ aꝼ hv̓ıo varꞇv vnꝺrı alıɴ.
(Haɴ)
Ęꞇꞇernı mıꞇ̇ q̄þ ec þer okvɴı v̓a ⁊ mıc ſıalꝼan ıþ ſama. Sıɡ᷑þ̕ ec heıꞇı ſıɡm̄ꝺꝛ heꞇ mıɴ ꝼaþ̕ er heꝼc þıc vapnō veɡıꞇ.
(Ꝼaꝼnır)
Hv͛r þıc hva[ꞇꞇ]ı hvı hveꞇıaz lezꞇ mıno ꝼıoꝛvı aꞇ ꝼara. ıɴ ꝼrán eyɡı ſveıɴ þv aꞇꞇ̓ ꝼꜹðvr bıꞇᷓn ab᷑ɴo ſcıóꝛ aſceıþ.
(Sıɡvrþꝛ)
Hvɡr mıc hvaꞇ̇ı henꝺꝛ m̓ ꝼvllꞇýðo ⁊ mıɴ ıɴ hvaſſı ____ hıoʀ. ꝼár e̓ hvaꞇr er hrǫꝺaz ꞇecr eꝼ í barn ęſco er blꜹ́þꝛ.
(Ꝼaꝼnır)
Veıꞇ ec eꝼ þv vąra nęþ̕ ꝼͮ þıɴa vına brıoſtı ſęꞇꞇ ᛘ. þıc reıꝺan veɡa. nv erꞇv hapꞇr [et] h͛ nvmıɴ ęę q̄þa banꝺınɡıa bıꝼaz.
(Sıɡvrþꝛ)
Þvı breɡþ̕ þv nv m͛ ꝼaꝼn̓ aꞇ ꞇᷝ ꝼıaʀı ſıac mınō ꝼeþ̕ mvnō. ēḡ em ec hapꞇr þoꞇ̇ ec v͛a h̓ nvmı þv ꝼanꞇ aꞇ ec lꜹꜱ lıꝼı.
(Ꝼaꝼnır)
Heıpꞇẏrðı eín ꞇelr þv þ̕ ıhvıveꞇna eɴ ec þ̕ ſaꞇ̇ eıꞇꞇ ſeɡıc. ıþ ɡıalla ɡvll [et] ıþ ɡloðrꜹþa ꝼe þ̕ v̓þa þ̕r bꜹ ɡ aꞇ bana.
(Sıɡvrþꝛ)
Ꝼe raða vıll ꝼyrþa hv̓r ę ꞇᷝ ınſ eına ꝺaɡſ. þͥaꞇ eıno ſıɴı ſcal alꝺa hv̓r ꝼara ꞇᷝ helıar heꝥ.
(Ꝼaꝼnır)
Noꝛna ꝺō þv mvnꞇ ꝼͮ neſıō haꝼa [et] oſvıɴz apa. ıvaꞇnı þv ꝺꝛvcnar eꝼ ıvınꝺı rǫꝛ alꞇ er ꝼeıɡſ ꝼoꝛað.
(Sıɡvrþꝛ)
Seɡꝺv m͛ ꝼaꝼn̓ allz þıc ꝼͦþan q̄þa vel marꞇ vıꞇa. hv̓ıar ro þęr noꝛn̓ e̓ nꜹꜹnɡlar ro ⁊ kıoſa mǫþr ꝼᷓ mꜹɡō.
(Ꝼaꝼnır)
Svnꝺꝛ boꝛnar mıoc hyɢ ec aꞇ noꝛn͛ ſe. eıɡoþ þęr ęꞇ̇ ſaman. ſvmar e͛o aſkvnɡar ſvm̓ alꝼkvnɡͬ ſvm̓ ꝺǫꞇr ꝺvalīs
(Sıɡvrþꝛ)
Seɡðv m̓ þ̕ ꝼ. a. hve ſa holmr heıꞇ̓ er blanꝺa hıoꝛleɡı ſvrꞇr [⁊ą]ſır ſaman.
(Ꝼaꝼnır)
Oſcopn̓ ħ h. eɴ þar ꜹll ſl̕o ɡeırō leıca ɡoð. bılr ꜹſt broꞇnar e̓ þ̕r abroꞇ ꝼara ſvıma ımoðo marır.
Ęɡıſ hı alm bar ec v̄ alꝺa ſonō meþ̕ ec v̄ menıō láɡ eıɴ rāmarı hvɡꝺāc ꜹllō v͛a ꝼanca ec marɡa mꜹɡo.
(Sıɡvrþꝛ)
Ęɡıſ hıalm b̕ɡr eınvɡı hvar ſl̕o reıþ̕ veɡa. þa þ̕ ꝼıɴr e̓ m; ꝼleırō kǭꝛ aꞇ enɡı e̓ eıɴa hvaꞇaſtr.
(Ꝼaꝼnır)
Eıꞇrı ec ꝼneſta er ec a arꝼı la mıc lō mınſ ꝼꜹꝺ᷑.
(Sıɡvrþꝛ)
Jɴ rāmı oꝛmr þv ɡoꝛþ̕ ꝼręſ mıcla ⁊ ɡaꞇzꞇ harꝺan hvɡ. heıpꞇ aꞇ meırı v̓þꝛ hꜹlþa ſonō aꞇ þaɴ hıa lm haꝼı.
(Ꝼaꝼnır)
Ręþ ec þ͛ nv ſıɡ̓. en̄ þv raþ nem͛ ríþ heī heꝥ. ıꞇ. ɡ. ɡ. ⁊. ıꞇ. ɡ. r. ꝼ. þ. v. þ̕. b. a. bana.
(Sıɡvrþꝛ)
Raþ e̓ þ͛ raþıꞇ eɴ ec rı þa mvɴ ꞇᷝ þᷤ ɡvllz er ılynɡvı lıɢr. eɴ þv ꝼaꝼnır lıɢ ıꝼıoꝛ broꞇō þar er þıc hel haꝼı.
(Ꝼaꝼnır)
Reɡıɴ mıc reþ ħ þıc raða mv̄ ħ mv̄ ocr v̓þa baꝺō aꞇ bana. ꝼıoꝛ ſıꞇ̇ laꞇa hyɢ ec aꞇ ꝼaꝼnır mynı þıꞇ̇ varð nv meıra meɡın.
Reɡıɴ var abroꞇ hoꝛꝼıɴ meþ̕ ſıɡ̓. va ꝼaꝼnı. kō þa apꞇr e̓ ſıɡvrþ̕ ſtrꜹ́c bloð aꝼ ſv̓þıno. R̕. q.
(Reɡıɴ)
Heıll þv nv ſıɡ᷑. nv heꝼ̓ þv ſıɡr veɡıꞇ ⁊ ꝼaꝼnı v̄ ꝼarıþ. m̄a þ̕r̄a er molꝺ ꞇroþa þıc q̄þ ec oblꜹðaſtā alıɴ.
(Sıɡvrþꝛ)
Þ̓ er ovıſt aꞇ vıꞇa þa e̓ komō alľ ſaman ſıɡꞇıva ſy nır. hv̓r oblꜹðaſtr e͛ alıɴ. marɡr e̓ ſa hvaꞇr e̓ hıoꝛ ne ryꝼr aɴarſ brıoſtō í.
(Reɡıɴ)
Glaꝺꝛ erꞇv nv ſıɡ̓. ɡaɡnı ꝼeɡıɴ er þv þeʀ͛ ɡrā aɡraſı. broꝺ᷑ mıɴ heꝼ͛ þv benıaþan velꝺ ec þo ſıalꝼr ſvmo.
(Sıɡvrþꝛ)
Þv þͥ réꞇ̇ e̓ ec rıþa ſcylðac heıloɡ ꝼıóll hınıɡ. ꝼe ⁊ ꝼıoꝛvı reþı ſa ıɴ ꝼránı oꝛmr nēa þv ꝼryꝺır m̄ hvaz hv ɡar.
Þa ɡecc ʀ. aꞇ ꝼaꝼnı ⁊ ſcár hıarꞇa oꝛ ħō m; ſv̓þı er rıþıll heıꞇ̓. þa ꝺracc ħ bloð oꝛ vnꝺıɴı epꞇ̓.
(Reɡıɴ)
Sıꞇꞇv nv ſıɡ᷑þr eɴ ec mvn ſoꝼa ɡanɡa [et] halꞇ ꝼaꝼnıſ hıarꞇa vıð ꝼv́na. ęıſc ꜹlꝺ ec vıl eꞇıɴ laꞇa epꞇ̓ þeɴa ꝺreyra ꝺryċ.
(Sıɡvrþꝛ)
Ꝼıaʀı þv ɡe meþ̕ ec aꝼaꝼnı rꜹ́ðc mıɴ ıɴ hvasa hıóꝛ. aꝼlı mıno aꞇꞇa ec vıð oꝛmſ meɡī meþ̕ þv ılynɡvı láꞇ̇.
(Reɡıɴ)
Lenɡı lıɢıa leꞇ̓ þv þaɴ lynɡvı ı ıɴ alꝺna ıoꞇvn. eꝼ þv ſv̓þz ne nyꞇ̓ þᷤ er ec ſıalꝼr ɡoꝛða þınſ ınſ hvaſſa hıoꝛſ.
(Sıɡvrþꝛ)
Hvɡr e̓ beꞇͥ eɴ ſe hıoꝛſ meɡın hvarſ reıꝺ̓ ſl̕o veɡa. þͥaꞇ hvaꞇan maɴ ec ſe h arlıɡa veɡa m; ſlevo ſv̓þı ſıɡr.
Hvꜹꞇō er beꞇᷓ eɴ ſe o hvꜹ ꞇō ıhılꝺı leıc haꝼaz. ɡlꜹðō e̓ beꞇᷓ en̄ ſe ɡlvpnanꝺa hͣꞇ ſem aꞇ henꝺı cǭꝛ.
Sıɡvrðr ꞇoc ꝼaꝼnıſ hıarꞇa ſteıcþı á ꞇeını. e̓ ħ hvɡðı aꞇ ꝼvllſteı v̓ı [et] ꝼreyꝺꝺı ſveıꞇıɴ oꝛ hıar ꞇano. Þa ꞇoc ħ aꝼınɡrı ſınō ſcynꝺıaþı hͣrꞇ ꝼvllſteı v̓ı. Ħ braɴ [et] bra ꝼınɡ̓nō ımvɴ s̓. Eɴ e̓ hıarꞇ bloð ꝼaꝼnıſ cō a ꞇv̄ɡo ħō ⁊ ſcılꝺı ħ ꝼvɡlſ rꜹꝺꝺ. ħ heyrþı aꞇ ıɡðoꝛ klꜹcoþo á hrıſınō. Jɡðan q.
(Iɡðan)
Þar ſıꞇr ſıɡvrꝺꝛ ſveıꞇa ſtoccıɴ ꝼaꝼnıſ hı arꞇa vıð ꝼvna ſteıkır. ſpacr þoꞇꞇı m͛ ſpıll̕ bꜹɡa eꝼ ħ ꝼıoꝛ ſeɡa ꝼranan ęꞇı.
(Ꜹɴoꝛ)
Þar lıɢr reɡıɴ ręðꝛ v̄ vıð ſıc vıll ꞇǫla mꜹɡ þaɴ er ꞇrvır hanō. beʀ reıꝺı rꜹnɡ oꝛð ſaman vıll bꜹlva ſmıþr broꝺ᷑ heꝼna.
(In þrıþıa)
Hꜹꝼðı ſcēra laꞇı ħ ıɴ hára þvl ꝼara ꞇᷝ helıar heꝥ. ꜹllo ɡvllı þa kna ħ eıɴ ra þa ꝼıolþ þͥ er vnꝺ ꝼaꝼnı lá.
(In ꝼıoꝛþa)
Hoꝛſcr þoꞇ̇ı m̓ eꝼ haꝼa ky ɴı aſtraþ mıkıꞇ yꝺvar ſyſtᷓ. hyɡðı ħ v̄ ſıc ⁊ hvɡın ɡleꝺ ꝺı þar e̓ m̓ vlꝼſ von e̓ ec eyro ſec.
(In ꝼımta)
Eraꞇ sͣ hoꝛſcr hılꝺı meıþ̕ ſē ec herſ ıaþar hyɢıa m̄aꝺc. eꝼ ħ broþvr leꞇr abroꞇ cōaz eɴ ħ ꜹꝺꝛō heꝼr alꝺꝛſ oꝼ ſynıaꞇ.
(In ſetta)
Mıoc er oſvıþ̕ eꝼ ħ eɴ ſparır ꝼıanꝺa ıɴ ꝼolc ſcá. þar er reɡıɴ lıɢr er ħ raþ ıɴ heꝼr kaꞇ ħ vıþ ſlıco aꞇ ſıa.
(In ſıꜹnꝺa)
Hꜹꝼðı ſcemra laꞇı ħ þaɴ ıɴ hͥmcalꝺa ıo ꞇvn ⁊ bꜹɡō bva. þa m̄ꝺu ꝼıár þᷤ e̓ ꝼaꝼn̓ reþ eınvalꝺı v̓a.
(Sıɡvrþꝛ)
Verþa ſva ríc ſcꜹp aꞇ reɡıɴ ſcylı mıꞇ̇ ban oꝛð b̕a. þͥaꞇ þeır baþ̕ brǫþ̕ ſl̕o brallıɡa ꝼara ꞇᷝ helıar heꝥ.
Sıɡ᷑þ̕ hıo hꜹꝼ̄ aꝼ reɡın, oc þa áꞇ ħ ꝼaꝼnıſ hıarꞇa oc ꝺꝛacc bloþ þ̕a beɢıa reɡ ınſ oc ꝼaꝼnıſ. Þa heyrþı ſıɡ̓. hvar ıɡꝺ᷑ m.
(ıɡꝺvr)
bıꞇ̇ þv ſıɡͮ bꜹɡa rꜹða era ꝁɡlı qvıþa moꝛɡo. mey veıꞇ ec eına myclo ꝼeɡrſ ꞇa ɡvllı ɡǫꝺꝺa eꝼ þv ɡeꞇa męꞇꞇ͛.
lıɢıa ꞇᷝ ɡıvca ɡrǫnar brꜹ ꞇır ꝼᷓm vıſa ſcꜹp ꝼolc lıþonꝺō. þar heꝼ͛ ꝺyʀ ꝁr ꝺoꞇꞇ᷑ alna þa m̄ꝺv ſıɡ̓. mͮꝺı cꜹpa.
salr er ahá hınꝺar ꝼıallı aꝇr e̓ ħ vꞇan elꝺı ſveıpıɴ. þaɴ haꝼa hoͬſc͛ halır v̄ ɡoꝛvan oꝛ oꝺꜹccō oɡnar lıōa.
ueıꞇ ec aꝼıallı ꝼolc vıꞇr ſoꝼa ⁊ leıcr yꝼ͛ lınꝺ ar vaþı. ẏġr ſtacc þoꝛnı aþ̕ aꝼelꝺı hꜹr ɡeꝼn halı e̓ haꝼa vılꝺı.
knaꞇꞇv mꜹɡr ſıa mey vnꝺ hıalmı þa e̓ ꝼᷓ vıɡı vınɡ ſcoꝛn̓ reıð. ma aꞇ ſıɡrꝺͥꝼar ſveꝼnı breɡþa ſcıolꝺv̄ɡa nıþ̕ ꝼͮ ſcꜹpō norna.
Sıɡvrþ̕ reıþ epꞇ͛ ſloþ ꝼaꝼnıſ ꞇᷝ bǫlıſ ħſ̓ ⁊ꝼ þ̕ opıꞇ ⁊ hvrþ̕ aꝼ ıarnı ⁊ ɡeꞇꞇı aꝼ ıarnı. vͦ ⁊ alľ ꞇımbr ſtoc car ıh᷒ıno. En ɡraꝼıꞇ ııoꝛþ nıþꝛ. Þar ꝼaɴ ſıɡ̓. ſtoꝛ mıkıꞇ ɡ vll. ⁊ ꝼylꝺı þar ꞇvęr kıſtoꝛ. Þar ꞇoc ħ eɡıſ hıalm. ⁊ ɡvllbry nıo. ⁊ ſv̓þıꞇ hroꞇꞇa ⁊ marɡa ꝺẏr ɡ̓pı. ⁊ klyꝼıaþı þ meþ ɡrana. eɴ heſtͥɴ vılꝺı eḡ ꝼᷓm ɡanɡa ꝼyʀ eɴ ſıɡ̓. ſteıɡ bac ħō. Sıɡ̓. reıþ vp ahınꝺar ꝼıall ſteꝼnı ſvþ̕ ꞇᷝ ꝼracꝉz.
シグルズル(sigurðr)とレギン(reginn)はグニータヘイズル(gnítaheiðr)に登った。そして、ファーヴニル(fáfnir)が水場まで這った跡に出くわした。そこで、シグルズルはその通り道の真下に大きな溝を作り、その中に入った。ファーヴニルが黄金の在り処から這い出てきたとき、彼は毒を吹きかけた。その毒液は辺りに飛び散り、シグルズルも頭からかぶってしまった。その後、ファーヴニルが溝に差し掛かると、シグルズルは剣で心臓まで貫いた。ファーヴニルはのたうって頭と尾を振るった。シグルズルは溝から飛び出し、両者は互いを見た。ファーヴニルは言った。
(ファーヴニル)
小僧、おい、小僧。 お前は、どこの者から生まれてきた小僧で、 お前は、どこの男の息子なのだ? そのお前は、ファーヴニルで赤く染めた、 お前の「きらめく剣(inn fráni mækir)」を。 剣(hjǫrr)は心臓まで届き、私に突き立っている。
シグルズルは名を伏せた。というのも、古い時代においては、死を約束された者(feigr mann)が親しからぬ相手をその名を使って呪った場合、その呪詛には大きな力が宿ると信じられていたからである。彼は言った。
(男)
我が名はゴヴハト・デュール(gǫfugt dýr/気高き猛者)。 そして、私は今まで生きてきた、 「母なし子(inn móðurlausi mǫgr)」として。 私には父もいない、 世の子供たちと同じようには。 私はひとりで生きてきた。
(ファーヴニル)
知っているのか?お前に父がおらず、 世の子供たちと同じでないのなら、 どんな怪異(undr)からお前が生まれてきたのか、を。
(男)
我が一族のことは、 お前には知られていない、と言っておく。 そして、私自身のことも同様だ。(一族同様知られていない。) 我が名はシグルズル、 我が父の名はシグムンドル(sigmundr)、 これが武器でお前を討った者だ。
(ファーヴニル)
誰がお前を尖らせた? なぜ尖って、お前は仕向ける、 私に、命を終わらせる(fara fjörvi)ように? 「輝く目の小僧(inn fráneygi sveinn)」よ、 お前は厳格な父を持った。 鵲(skjór)は競争(skeið)を産まぬから。
(シグルズル)
心(hugr)が私を尖らせ、 手は私に助けをくれた(fulltýða)。 そして、「鋭利な剣(inn hvassi hjǫrr)」だ。 尖っているのははほとんどいない、 衰えて(hrǫdaz)しまった者には。 もし少年期・青年期にあれば、誰が鈍いだろう。
(ファーヴニル)
もし、お前を育む周りに お前の友の胸があれば、 人はお前に戦う覚悟があると思うだろう。 ところが今のお前は奴隷(haftr/捕まったもの)で 捕虜(hernuminn/戦で捕らわれたもの)だろう、 そんな囚人(bandingi/縛られたもの)はずっとずっと震えているものだ、と言うだろう。
(シグルズル)
私を詰るのか、ファーヴニル、 私が遠いというだけで、 我が父の記憶から。 私は奴隷ではない、 確かに捕虜(hernumi)ではあったけれど、 私は自由に生きていると、お前にも分かったろう。
(ファーヴニル)
悪意のある言葉ばかりだと、 お前は言うが、お前に何をしても。 しかし、私がお前に言ったのは真実だけだ。 「鳴り響く黄金(it gjalla gull)」と 「熾火の赤の財宝(it glóðrauða fé)」、 これらの輪環(baugr)がお前を殺すだろう。
(シグルズル)
財宝は誘うだろうだろう、 どのような人間をも。 ずっと、「その日(inn einn dagr)」まで。 なぜなら、一度は どのような人間も、 ここからヘル(hel)へと旅をする。
(ファーヴニル)
ノルンたち(nornir)の裁きは、 お前の鼻先にある。 そして、賢からざるサルだ。 波の中にあって、お前は溺れる、 もし、風の中にあって、漕げば。 全てが致命的な危険だ。
(シグルズル)
言ってみろ、ファーヴニル。 お前が全てを学び 博識であるというのなら。 そのノルンたちとはどの女なのだ、 必要に応じる(nauðgöngull)彼女たちは? そして、母親たちは、子供たちから(どの女を)選ぶ。
(ファーヴニル)
とても散らばって生まれてくるのが ノルンたちである、と私は考える。 彼女たちは氏族すらも同じではない。 ある者はアース(ás)族の国から、 ある者はアールヴル(álfr)族の国から、 ある者はドヴァリン(dvalin)の娘たちから。
(シグルズル)
言ってみろ、ファーヴニル。 お前が全てを学び 博識であるというのなら。 小島(holmr)の名前は何と言う? 剣の水(hjǫrlǫgr/血)を混ぜるのは、 スルトル(surtr/黒人)とアース族が共に。
(ファーヴニル)
その名はオースコープニル(óskópnir/造られざるもの)だ、 そして、そこでは全ての 神々(góð)は槍を振り回す。 壊れているビルロスト(bilröst)、 彼らはその破片(brot)の上に行く。 そして、彼らの乗り物(marr/馬)は、水(móða/大河・泥濘)の中を泳ぐ。
私はエーギルの兜(ægishjalmr)を帯びた、 人の子たちの上に。 その間、私は漏らした、人の上に。 全ての人の中で 私が一番強いと思う、 私は多くの人に会ったけれども。
(シグルズル)
エーギルの兜は 1人も防ぐことができない、 馬に乗って殺しに来るような者に対して。 気付くのはいつだって 敵にまみえた後だ、 自分が最強ではない、と。
(ファーヴニル)
私は毒を吐き、 私は遺産の上に寝そべった。 我が父の、莫大な量の。
(シグルズル)
「屈強なるオルムル(inn rammi ormr)」よ、 お前は大きくうち震え、 荒れた心を報いとして支払った。 より大きな憎悪に値するものを。 人の子に対して その兜を持つよりも。
(ファーヴニル)
ここで忠告(ráða)しておこう、シグルズル。 お前はこの会話が済み次第、 馬に乗ってここから去り、故郷へ帰るがよい。 「鳴り響く黄金」と 「熾火の赤の財宝」、 これらの輪環がお前を殺すだろう。
(シグルズル)
この予定はお前への忠告だ。 やはり、私は馬で行くだろう、 茂みの中に横たわる、それらの黄金の場所へと。 そしてファーヴニル、お前は 命を砕かれ地に伏したのだ、 ならば、お前はもうヘルのものだと知れ。
(ファーヴニル)
レギンは私を謀った(ráða)、 奴はお前にも謀るだろう。 奴は2人とも殺してしまうつもりなのだ。 片やその命(sitt fjör)を諦め ざるを得ぬファーヴニル、認めよう、 もはや、お前の命(þitt)の方が強かった、と。
シグルズルとファーヴニルの対峙中、レギンは離れたところにいた。そして、シグルズルが剣の血糊を拭っているとやってきた。レギンは言った。
(レギン)
やあ、機嫌はどうだ、シグルズル。 ついに、お前は勝利を手にし、討った ファーヴニルを、逝去(fara)させた。 人間たちのうち、 地上(mold)を歩く者は、 お前を最も弱(blauðr)からざる者として生み出した、と言っておこう。
(シグルズル)
それは知るように示されることはない、 その時、全てに、共に訪れるものは、 シグティーヴィ(sigtívi/勝利の神)たちの息子たちだ。 彼らこそが、最も弱からざる者として生み出された。 多くの鋭い者は、 剣が朱に染めない、 相手の胸を。
(レギン)
やあ、嬉しいだろう、シグルズル。 そして、楽しくなっただろう。 お前はグラムル(gramr/激昂)を草で拭っている。 我が兄に お前が止めを刺した。 それに、とはいえ、私自身も幾許か寄与したが。
(シグルズル)
あなたはどこまで届いた、 私が馬で行った距離のうち。 此処の白髪の(hélugr)山々は。 財産と生命を かの「輝けるオルムル(inn fráni ormr)」は制しただろう。 あなたが私に鋭い心を試さ(frýja)なければ。
そして、レギンはファーヴニルのところへ行き、リジルル(riðill)という名の剣で彼の体から心臓を切り取った。その後、傷口から血を啜った。
(レギン)
まあ座れよ、シグルズル。 私はもう眠るつもりだから、 ファーヴニルの心臓を火にかざしておいてくれ。 私が心臓を 食べられるように、 こんなに血を飲んだ後だから。
(シグルズル)
あなたは遠くに行ってしまった、 私がファーヴニルで朱に染めている時に。 我が「鋭利な剣」を。 私は私の力を持っている、 オルムルに対する。 あなたは茂み(lyng/ツツジ)に伏せてる時に。
(レギン)
長く伏せて、 お前は茂みにいた。 「いにしえのヨトゥン(inn aldni jǫtunn)」の中に。 もし、お前が剣の力を活かせなければ、 私自身が剣を振るっただろう、 お前の「鋭利な剣」を。
(シグルズル)
心こそが肝要だ、 強大な剣よりも。 これから死闘に赴かんとする者には。 勇敢な男が 激しく争うのを見たことがある、 なまくらな剣だったが、勝利をものにしたぞ。
消極的なものより、 積極的なものが優る、 戦闘が行われる場合には。 憂鬱なものより、 陽気なものが優る、 手の届く距離まで来たときは。
シグルズルはファーヴニルの心臓を受け取り、枝で串焼き(steikja á teini/ステーキ)にした。彼は、十分焼けたかと思ったので、焼き加減を確かめるために、心臓から出た肉汁(sveiti/汗)の泡を指で掬った。彼はやけどを負い、患部の指を口に入れた。そうして、ファーヴニルの心臓の血が、彼の舌に触れると、彼は鳥の言葉(fugls rödd)が分かった。彼は灌木(hrís)にいる小鳥(igða/スズメ・ゴジュウカラ)たちのおしゃべりを聞いた。小鳥たちは言った
(小鳥)
シグルドルが座っている 汗まみれで切り株(stokkr/丸太)に、 ファーヴニルの心臓を 火で炙っている。 私が思うに、賢いのは 輪環を破棄した者だろう、 もし、輝く命のかけら(fránn fjörsegi)を 彼が食べるのなら。
レギンが寝ている 自分と相談しながら、 あの子を裏切ろうと、 そんな彼を誰が信用するだろう。 怒りから、胸中にあるのは すっかり捻じれた言葉になるだろう、 兄にほどこした 呪いの鍛冶(bǫlvasmiðr)と同じく。
頭の分だけ短くして この「白髪の賢者(inn hára þulr)」を ここからヘルへ旅立たせなさい。 そうすれば、全ての黄金を 彼ひとりのものにできる、 ファーヴニルの骸の下の莫大な量を。
私が思うに、賢いだろう、 もし親身な助言(ást-ráð)を 多く得ることができるなら、 姉妹のあなたがたのものを。 彼は自分で考えて、 フギン(huginn/考えるもの)を喜ばせた。 私は狼を予期する、 その耳を見たら。
戦士(hildimeiðr/戦争の支柱となるもの)は それほど賢くないと私は思う、 軍の指揮官(hers jaðarr)が 策を練るほどには。 もし、彼が兄弟の片方と 仲違いして、 彼がもう片方に 生きることを否定したのなら。
極めて能無しだ、 もし、彼が見逃すのなら 敵である「危険な男(inn fólkskár)」の命を。 レギンが寝ている、 心を決めてしまって。 彼はこんなことになっているとは分からずに。
「霜の冷たさのヨトゥン(inn hrímkalda jǫtunn)」を、 頭一つ分短くして、 輪環から離れて暮らしなさい。 そうすれば、彼は ファーヴニルが支配した財宝の 君主になるだろう。
(シグルズル)
レギンに味方する運命(skǫp/作為・形勢)は あまり大きくないのだろう、 勝利(banorð/死の言葉)をもたらすほどには。 ならば、兄弟2人まとめて すぐにでも ここよりヘルへと旅立つがよい。
シグルズルはレギンの首を刎ねた。そして、彼はファーヴニルの心臓を食べ、レギンとファーヴニル双方の血を飲んだ。さらに、シグルズルは小鳥たちが語っているのを聞いた。
(小鳥)
纏めなさい、シグルズル、 赤い輪環を。 王者らしくない、 多く喋るのは。 私は1人の乙女(mær)を知っている、 ずば抜けて最も美しいのを。 黄金は援助する、 もし、あなたが力を得るなら。
ギューキ(gjúki)へと続く、 草の茂った野道は。 前方に運命を示す、 戦士(fólklíðendr/軍を動かすもの)へと。 そこでは、王が大事に、 乙女を育ててきた。 そして、シグルズルはするはずだ、 庇護者(mundr)に支払う(kaupa)ことを。
館は高くそびえる 背後の山(hindar fjall)に、 それは外の全てを 炎(eldr)でなぎ払っている。 賢い男たち(horskir halir)が それを建てた、 隅なき(ódøkkr) 畏るべき閃光(ógnar ljómi)をもって。
私は知っている、山で 軍の智者(fólkvitr)が眠っているのを。 それと、科の木の危機(lindar váði)の 上での遊び(leikr/演奏、上演、遊戯)のことを。 恐怖(yggr)は茨(þorn)で貫いた、 違う方を落とした 亜麻を与える者(hǫrgefn)を、 彼が望んでいたのとは。
少年よ、お前は見ることができる、 兜の下の乙女(mær und hjalmi)を。 かつて、彼女は戦場を ヴィングスコールニル(vingskórnir/しなる蹄)で駆けた。 未だ破られぬシグルドリーヴァ(sigrdrífa)の 昏睡を解除するのは、 スキョルドゥンガル(skjǫldungar)氏の後裔、 なぜなら、それがノルンたちの定めだから。
シグルズルは馬に乗ってファーヴニルの跡を辿り、彼の建物(ból)へと向かった。そして、戸板も枠も鉄で作られた扉が開いているのを見つけた。家の中に入ると、柱も全て鉄製であり、それらは地中まで埋まっていた。そこで、シグルズルは莫大な量(stór mikit)の黄金を見つけ、2つの箱(kista)を満たした。また、彼はエーギルの兜と黄金の鎖帷子(gull brynja)と「剣の剣(sverðit hrotta)」と多くの宝石(dýrgripr)を取り、グラーニ(gráni/芦毛)の背に積んだ。しかし、 馬はそこから前へ進もうとしなかった。それで、シグルズルはその背から降りた(stíga af)。
ᛋᛁᚱᛁᚦᚱ:ᚴᛁᛅᚱᚦᛁ:ᛒᚢᚱ:ᚦᚬᛋᛁ:ᛘᚢᚦᛁᛣ:ᛅᛚᚱᛁᚴᛋ:ᛏᚢᛏᛁᛣ:ᚢᚱᛘᛋ:ᚠᚢᚱ-ᛋᛅᛚᚢᚯᚢᛚᛘᚴᛁᚱᛋ:ᚠᛅᚦᛁᚱ:ᛋᚢᚴᚢᚱᚦᛅᚱ ᛒᚢᛅᛏᛅ:ᛋᛁᛋ
siriþr kiarþi bur þosi muþi[yr] alriks tuti[yr] urms fur saluœulmkirs faþir sukurþar buata sis
冒頭にあるように、この話の舞台はグニータヘイズル(gnítaheiðr)である。この単語の語尾である-heiðrは、英語のheathに相当し、地名に良く使われる接尾辞で、つまるところ、カルーナが生えた「原野」を意味する。シグルズルとレギンは、この場所に「登って(fara upp)」来ているので、山地ないし高原、少なくとも丘陵である、ということも言えるだろう。原文の描写から読み取れるのはこの2点である。
直接の描写ではないが、小鳥の薦める次の目的地のひとつはギューキの居城である。もちろん、グニータヘイズルからどれだけの道のりがあるかはわからないが、極端に遠い場所ではない、と考えられる。実のところ、ギューキが実在したかどうかは定かではないが、ここでは伝説上のギューキとしての共通認識が当時の語り手と聴き手の間にあれば十分である。「ファーヴニルの箴言」で想定されているギューキの支配地域は、ライン川中流域であり、本拠地はヴォルムスということになるだろう。
そして、実際にシグルズルが向かったのはヒンダルフャルル(hindar fjall)である。この裏山も正確な場所はわからないが、こちらには"stefna suðr til fraclands"(フラク地方を目指して南進した)と添え書きがある。つまり、現在地はフラク地方の北側に位置する場所のどこかである。尤も、地名としてのフラク地方、すなわち「フランク地方」の定義はかなり曖昧なので、時代と立場に拠るところが大きいが、おおまかには現ドイツ連邦の南半分である。この文脈では、おそらくヴォルムスもフラク地方に入るだろう。
シグルズルが蛇を退治する姿の伝承は、古ノルド語を話していたスカンジナビア半島全土で広くみられ、この写本自体はノルウェー領時代のアイスランドで書かれたものである。そもそも、シグルズルは北海の北側、精々ユトランド半島あたりまで、で人気がある英雄であり、ヨーロッパ大陸、たとえばヴォルムスのある中高ゲルマニアではニーベルンゲンの歌や不死身のザイフリートなどごく限られたソースでしか残っていない。しかも、ニーベルンゲンの歌では、第三者でしかないハゲネやクリエムヒルトが「竜の返り血を浴びて不死身になったと聞いた」と発言するのみで、退治の顛末そのものは省かれているのである。
しかし、王の写本がわざわざギューキやフラク地方に言及しているからには、当時のスカンジナビア・アイスランドの古ノルド語話者も、シグルズルの蛇退治の舞台はゲルマニアであったと認識していた、と考えられる。シグルズルはご当地英雄ではなく、外国人だったのである。
それを裏書する資料が残されている。12世紀のアイスランドにニクラース・ベルグソールスソン(Nikulás Bergþórsson ~1159年)という名のベネディクト会修道士がいた。彼の著したアイスランドからローマを経由してエルサレムまでの案内は、俗に南方巡礼者のための街道目録(leiðarvísi fyrir pílagríma í suðurgöngu)と呼ばれている。この本は巡礼のための旅行ガイドブックで、この途中でグニータヘイズルが出てくるのである。主に2系統の写本があるのだが、AM 194, 8vo(1387年)準拠で紹介する。
Þa er .ij daga for til poddu brunna þar // er byskups stoll ath liborius kirkiu þar huilir hann. Þa er iiij daga for til meginzo borgar þar j milli er þorp, er horus heitir annað heitir kiliandr, & þar er gnita heidr, er sigurdr va ath fabni.
(シュターデ→フェルデン→ニーンブルクを経由して、ミンデンのペトロ教会から)パーダーボルンまでは2日の道のりである。そこには聖リボリウスが眠る司教座教会が建っている。そこからマインツまでは4日の道のりである。途中の村の名をホルス(horus)、もうひとつをキリアンドル(kiliandr)と言い、シグルドル(sigurdr)がファブニル(fabnir)を討ったグニタ・ヘイドルがある。(この後は、東より南下ルートであるシュターデ→ハルゼフェルト→ヴァルスローデ→ハノーファー→ヒルデスハイム→ガンダースハイム→フリッツラー→アルンスブルク→マインツの紹介。)
蛇退治伝承は相当古いものであり、あるいはスカンジナビア起源という可能性もないわけではない。なんとなれば、ブルグント族などはスカンジナビアが発祥の地で、時代と共にヨーロッパ大陸を斜めに横切って、ポーランド→ドイツ→ブルゴーニュ(フランス南東部)へと移り住んでいったくらいである。鎖国でもしていない限り、口伝がどこからどこへ伝えられたかを探るのは難しい。しかしながら、少なくともニクラースの時代では、蛇退治の舞台はゲルマニアだと考えられていたのだろう。そして、ニクラースは王の写本の完成より100年以上前の人物である。百歩譲ってAM 736 II, 4to(1300?年)の筆者が書き加えたとしても、30年程度遅れるだけであり、ほぼ同時代人の認識とみなして問題ないだろう。
さて、改めて地図を眺めてみると、シュターデからパーダーボルンまでは快適に旅ができそうである。実は、現代でもシュターデ-パーダーボルン間はほぼ一本道(国道215号)であり、途中にはきちんとフェルデン、ニーンブルク、ミンデンがある。しかし、肝心のパーダーボルン-マインツ間は、直線距離で見てもかなり遠く、しかも山地を挟んでいるのである。ここまでくると、ホルス村とキリアンドル村の場所を知りたいと思うのが人情だろう。グリム兄弟の弟の方、ヴィルヘルム・グリム(Wilhelm C. Grimm)の著書、Die Deutsche Heldensageの第27章に解説がある。
Was für Dörfer unter Horus und Kiliandur gemeint find, iſt ſchmer zu ſagen, wahrſcheinlich jedoch wird unter dem erſtern Horohûs am fuße der Eresburg (Stadtbergen) gemeint (Wigand, Gesch. von Corvei 2, 221). Aber merkwürdig bleibt, daß ein Nordländer die Gnitaheide, wo Sigurd den Fafne erſchlug, nach Deutſchland verſegt und zwar in eine ſo beſtimmte Gegend. An ſich mag der alten Sage nach dieſe Stelle noch richtiger ſehn, als bei der Stadt Luna in Italien (S. 20) die Bemerkung: î Lunu ſöndum kalla ſumir menn ormgard er Gunnar var î ſettr
, wornach in den Sandgegenden bei dieſer Stadt, wie einige behaupten, die Schlangenhöhle ſoll geweſen ſehn, in die Gunnar geſeꜩt wurde.
- Kiliandur iſt das alte Dorf Calantra, das im 13ten Jahrh. Calderen heiß, jeꜩt Kaldern an der Lahn, nicht weit von Marburg. Mone, Heldens. 45.
- Uber Luna handelt Maßmann in Haupts Zeitſchr. 1, 395-397.
ヴィルヘルム及びパオル・ヴィガントによると、古ノルド語のホルス村、すなわち"Horohûs"は、エレスブルクの裾野にある。つまり、現在のオーバーマルスベルクの下流(北東)にあるニーダーマルスベルク(旧名:Horhusen)がホルス村である。ただし、Horhausenという言葉は「聖なる場所」という意味であり、教会があったところならどこでもこの名が付いていた可能性があり、決め付けすぎるのもリスクが高い、とヴィガントは指摘している。実際、現在のドイツにはHorhausenを公に名乗っている都市が2つある。そこへニーダーマルスベルクのように過去の名だったりローカルな通称が存在した可能性を考慮すると、Horhausenという地名が指す場所はもっとたくさんあるはずで、ホルス村の場所は断言しづらい。とはいえ、ニクラースの記述した地理的条件「パーダーボルンとマインツの間」を考えると、ニーダーマルスベルクでほぼ間違いないだろう。
一方、キリアンドル村については確たることが分からず、ヴィルヘルムたちも言葉を濁している。語幹のキリアン(kilian)が聖キリアンを意味する、という点については容易に想像できるが、それだと「聖キリアンを冠した村」があったかもしれない、としか言えないからである。聖キリアンの事跡で最も有名な街はヴュルツブルクであり、確かにそれほど離れた場所ではないし、中継地として不可能とまでは言えない。しかし、今までストイックに南下だけを繰り返していたこの旅行ガイドの基準からすればかなりの遠回りで、4日間の日程に無理が出るし、過去にヴュルツブルグがキリアンドルと呼ばれた例も見つからない。
先に挙げた1889年版Die Deutsche Heldensageの註「1」はおそらくラインホルト・シュタイクによるものだと思うが、こういう古い文献ではフランツ・モネがテュートンの英雄伝説の歴史に関する研究で述べた説、つまり比定地としてカルダーン(旧名:Calantra)を認めているものが多い。他にも、ベンジャミン・ウェルズの「ジークフリート-アルミニウス」などがそうである。確かにkiliandrとcalantraの発音は、子音だけ見るとかなり似ており、また、地図上でもそれらしいところにある。ただ、聖キリアンにはあまり関係ない。他にはコルバッハも有力とされているが、これはマルスベルクとマインツの間にあって、比較的古くから聖キリアン教会があったからである。しかし、コルバッハは当時もCurbecki/Curbechiという名で有名であり、現代のそれに比してかなり重要な都市だったので、わざわざキリアンドル村と表現するか、という点に疑問が残る。
そして、gnítaそのものが実在の地名だと考えている人もおり、これも大きく分けて2つの説にわかれる。フランシス・マグーンは、マインツに流れ込むニッダ川(旧名:Nita)流域のニッダ郷に着目し、gnitaをnidda/nitaの転語とした("Nikulás Bergsson of Munkaþverá, and Germanic Heroic Legend" 1943)。ニッダ郷には、ニッダ川支流のニッダー川を初め、ローマ帝国都市のニダなど、川の名にまつわる都市名・地名が至る所にあり、あるいは「ニタ原」もあったかもしれないと思わせる点が強みである。もう1つはエーダー川の支流イッター川周辺の地名イッター郷の旧名がNithersi(Nihthersi)であることに着目し、iter⇔niter⇔nihtherの別名を繋ぐni(h)terの存在から、nihter⇔gnítaとする説である。この説の利点はイッター郷そのものにマルスベルクとコルバッハが含まれることである。
バート・ザルツフレン市のヴァール-アシュペ地区には、その名もずばりクネッターハイデ(Knetterheide)という場所がある。度重なる地方自治体の統廃合により、もはや消えかけている地名だが、かろうじて小学校の名前(Grundschule Knetterheide)には残っている。オットー・ヘフラーはこのクネッターハイデこそがグニータヘイズルだと考えた。たしかに、gnítaheiðrとKnetterheideでは、もはや似ていない部分を探すのが難しいほどぴたりと一致した名前であり、隣のシェートマー地区には聖キリアン教会がある。しかしながら、エミル・プロス(Emil Ploss)の『竜戦士、ジークフリートとシグルド』(Siegfried-Sigurd, der Drachenkämpfer)によると、この地名はBernd Knetterという17世紀の人物のファミリーネームにちなんで付けられた可能性が濃厚である。したがって、俗説というべきだがネット上ではまま見かける説となっている。
王の写本におけるシグルズルの血縁関係は「ファーヴニルの箴言」の2つ前の「グリーピルの予言」の地の文、通称「シンヴョトリの死について(frá dauða sinfjǫtla)」で語られている。
Sıgm̄ꝺꝛ vꜹlſvngſ ſ. var ꝁr a ꝼracꝉ.
ヴォルスングル(vǫlsungr)の息子シグムンドルは、フラク地方の王だった。
... Þa ꝼeċ ħ hıoꝛꝺıſar ꝺ. eylıma ꝁſ. þr̄a ſ. var ſıgvrþ̕. Sıgm̄ꝺꝛ kr̄ ꝼell ıoʀoſto ꝼyr hvnꝺīgſ .ſſ. Eɴ hıoꝛꝺıs gıpꞇız þa alꝼı ſ. hıalprecſ ꝁſ.
... そして、彼はオュリミ(eylimi)王の娘ヒョルディース(hjǫrdíss)を娶った。2人の息子がシグルズルだった。シグムンドル王はフンディングル(hundingr)の息子たちとの戦で没した。その後、ヒョルディースはヒャールプレクル(hjálprekr)王の息子アールヴル(álfr)に嫁いだ。
これだけを見るとシグルズルの父方の祖父の名がvǫlsungrであったように読めてしまうが、それはかなり突っ込みどころのある主張である。というのも、-ungr/-ingr/-lingr(複数形:-ungar/-ingar/-lingar)という接尾辞は普通、人名ではなく氏族名に使われるからである。例えば、skjǫldungarは「skjǫldrの子孫たち」を示す氏族であるし、これがgjúkungarなら、文中に出てきたギューキの子孫たちということになる。この手の人物はとかく事績が曖昧で、むしろ氏族名から語尾の-ungr/-ingr/-lingrを除いて人名を捏造したのではないか、という疑惑が付きまとうが、どちらにしろ、これらの-ungrが付いている形は個人名ではなく集団名である。
| 氏族名 | 始祖名 | 備考 | 子孫 |
|---|---|---|---|
| folk-ungar | folke | 実在した政治組織 | |
| gjúk-ungar | gjúki | niflungarと同じ一族 | |
| hnifl-ungar | ? | niflungarの古い綴りだが、始祖不明 | |
| nifl-ungar | næfill | 独:nibelung 始祖は後世の創作か | グズルーン(妻) |
| yng-lingar | yngvi | 「レギンの箴言」の主人公(シグルズル) | |
| skilf-ingar | skelfir | 古英:scylfingas | |
| skjǫld-ungar | skjǫldr | 古英:scyldingas | 「シグルドリーヴァの箴言」の主人公(シグルズル) |
| ? | wægmund | 古英:wægmundingas | |
| ylf-ingar | ? | 古英:wylfingas "ulfr"は狼 | ヘルギ(異母兄) |
| hund-ingar | hundingr? | 古英:hundingas "hundr"は犬 | |
| vǫls-ungar | vǫlsungr? | 古英:wælsingas シグルズルの父系 | シグルズル |
| hrauð-ungar | hrauðungr? | シグルズルの母の母系 | |
| ǫð-lingar | auði | シグルズルの母の父系(hyndluljóð) | |
| lofð-ungar | lofði | シグルズルの母の父系(edda) | |
| buðl-ungar | buðli | ブリュンヒルドル | |
| brag-n-ingar | bragi | nの入った変則例。 | |
| hild-ingar | hildir | ||
| dag-lingar | dagr |
| englend-ingr | イングランド人 | england | イングランド | |
| gyð-ingr | ユダヤ人 | júdi | ユダヤ | |
| ket-lingr | 子猫 | kǫttr | 猫 | 縮小辞。 |
| brœðr-ungr | 従兄弟 | bróðir | 兄弟 | systrungrは伯母叔母の従兄弟。 |
| sifj-ungr | 外戚 | sifi | 結婚 | 婚姻で生じた血のつながらない親族。 |
| fjórð-ungr | 4分の1 | fjórði | 序数の4 | átt-ungrは8分の1。 |
| kufl-ungr | カウル党 | kufl | カウル | 実在の政治団体 |
| vík-ingr | 戦士 | vík | 入江 | 入江=フィヨルド、その住人=海賊。 |
| erl-ingr | 人名「貴族の子(孫)」 | jarl | 貴族 | 縮小辞。erl-は英:earl。 |
| hær-ingr | 人名「白髪の男」 | hár | 白髪 |
古ノルド語の詩では、個人名の代わりに氏族名を使うことがある。例えば王の写本の「レギンの箴言」や「シグルズルの叙事詩・小篇(sigurðarkviða hin skamma)」において、シグルズルは「若きシグルズル(sigurðr ungi)」の他に、「若きヴォルスングル(vǫlsungr ungi)」とも呼ばれている。もちろん、シグルズルとヴォルスングルは同じ人物を指しているが、これはシグルズルの個人名がヴォルスングルだった、ということではない。シグルズルはvǫlsungar氏の一員だから、vǫlsungrとも呼べる、という意味である。
つまり、おそらく、シグムンドルの父は名前が伝わっていないが、氏族がvǫlsungarであることはわかっている、ということなのだろう。だからこそ単数形のvǫlsungrを呼び名に使っているわけで、個人名は別にあったはずである。逆に、そうでなければシグルズルの氏族名がvǫls-yng-ling-arのようなものにならないとおかしい。同様のケースとして宿敵一族の頭領hundingrが挙げられる。物語は「神の視点」たる三人称で書き直されているが、元になった逸話はそうではないので、親や敵の名前をきちんと聞いていなかったりするのは、あり得る事態である。
ただし、固有名詞に-ungr/-ingr/-lingrが付いていれば必ず氏族名か、というとそうでもない。中には、親がそういった名前を正式につけている例も散見されるので、この辺は弾力的に判断すべきである。氏族名か(父称を含む)縮小辞か、という論点は、解釈上、非常に厄介な問題に発展するケースがある。予断を持たずに「どちらとも言いがたい」という第3の選択肢も考慮すべきだろう。そもそも、氏族名とて広い意味での縮小辞であるのは間違いない。「○○の若い衆・子供」という意味が元になって「○○氏」という意味になったわけである。他方で、vǫlsungr ungi
やyingling
いった表現は、仮に狭義の縮小辞と考えれば重言(「vǫls-の若い衆の若者」)になるので、もはや話者の念頭からは縮小辞という概念が吹き飛んで、純粋な氏族名と捉えていたはずである。この語尾をあえて氏族辞と称することにするが、この氏族辞は、縮小辞と明確に異なる概念でありながら、由来が同じ、という点で割り切れなさが残るのである。
ところで、古英詩ベーオウルフでは、wælsingas氏のsigemundをwælsの子孫としている。古英詩と古ノルド詩は直接繋がらないので、ベーオウルフの語り手が独自に創作しただけかもしれないが、wælsingas氏の始祖wælsに対応する存在、つまりvǫlsungar氏の祖先に*vǫls-と呼ばれる者・物があったのだろうか?
ſꞇyꞃıan ⁊on ſpeꝺ ƿꞃecan ſpel ᵹe ꞃa ꝺe
ƿoꞃ ꝺum ƿꞃıxlan ƿel hƿylc ᵹe cwæð þæꞇ he
ꝼꞃam ſıᵹe munꝺe ſecᵹan hẏꞃꝺe ellē ꝺæ
ꝺum un cuþeſ ꝼela ƿælſınᵹeſ ᵹe ƿın ƿıꝺe
ſıðaſ þaꞃa þe ᵹumena beaꞃn ᵹeaꞃ ƿe ne
ƿıſꞇon· ꝼæhðe ⁊ꝼẏꞃeneͣ buꞇon ꝼıꞇela mıꝺ
hıne þonne he ſƿulceſ hƿæꞇ ſecᵹan ƿolꝺe
eam hıſ neꝼan ſƿa hıe a ƿæꞃon æꞇ nıða ᵹe
hƿam nẏꝺ ᵹeſꞇeallan· hæꝼꝺon eal ꝼela
eoꞇena cẏnneſ· ſƿeoꞃꝺum ᵹe ſæᵹeꝺ ſıᵹe
munꝺe ᵹe ſpꞃonᵹ æꝼꞇeꞃ ꝺeað ꝺæᵹe ꝺom
un lyꞇel· Sẏþðan ƿıᵹeſ heaꞃꝺ ƿẏꞃm acƿeal
ꝺe hoꞃꝺeſ hẏꞃꝺe he unꝺeꞃ haꞃne ſꞇan
æþelınᵹeſ beaꞃn ana ᵹe neð ꝺe ꝼꞃecne
ꝺæꝺe ne ƿæſ hım ꝼıꞇela mıꝺ· hƿæþꞃe
hım ᵹeſælꝺe þæꞇ ꝥ ſƿuꞃꝺ þuꞃh ƿoꝺ ƿꞃæꞇ
lıcne ƿẏꞃm ꝥ hıꞇ on ƿealle æꞇſꞇoꝺ ꝺꞃẏhꞇ
lıc ıꞃen ꝺꞃaca moꞃðꞃe ſƿealꞇ· hæꝼꝺe
aᵹlæca elne ᵹe ᵹonᵹen þæꞇ he beah hoꞃ
ꝺeſ bꞃucan moſꞇe ſelꝼeſ ꝺome
ſæ baꞇ ᵹe hleoꝺ bæꞃ on beaꞃ̄ ſcıpeſ beo
ꞃhꞇe ꝼꞃæꞇƿa ƿælſeſ eaꝼeꞃa ƿẏꞃm hȧꞇ
ᵹemealꞇ· Se ƿæſ ƿꞃeccena ƿıꝺe mæꞃoſꞇ
oꝼeꞃ ƿeꞃþeoꝺe ƿıᵹenꝺꞃa hleo ellen ꝺæꝺū
he þæſ æꞃ onðah
vǫls-とくれば、真っ先に挙げられるのは、男根神vǫlsiのでてくる「vǫlsa þáttr」だろう。この一節は、聖王オーラーヴル2世(óláfr haraldsson)が男根神vǫlsi崇拝の因習を改めさせ、キリスト教に帰化させたという内容の、一見すれば偏見に満ちた説話だが、vǫlsiがギリシア語のφαλλόςなどと同様、祖印欧語*bhel-の系譜なら、俄かには馬鹿にできない話である。vǫlsungarを文字通りに解釈すれば「vǫlsiの子孫」なので、その関連性について一考の余地はあるだろう。もっとも、今のところ傍証は全くない。一方、リチャード・クリスビー等は、vǫlsungarの語源としてスラブ系の牧羊神であるВелесъ、つまり*volsъの可能性を指摘している。そして、名字ぶらぶらでは、ハイネの詩に出てくるスラブ妖精のWiliを語源としている。
語源の話はひとまずおくとして、モネのテュートンの英雄伝説の歴史に関する研究の§17~21や、ヤーコプ・グリム(Jacob Grimm)の著書Zeitschrift für deutsches Altertum und deutsche LiteraturやDeutsche mythologieでは、古ノルド語のvǫlsungar及び古英語のwælsingasに対応するドイツ語をwelisungenとしている。他の人の文献では、英米におけるニーベルンゲンの歌とグズルーン、「ウィーン博物館の黄金皿の刻印文字」などでも同様である。この考えの背景には、welisungという名のゲルマニア人が中世に複数実在しており、現代でもWelsincやWelsingという姓のドイツ人・オランダ人がいることによる。この点については、カール・ミュレンホフの「ドイツの英雄伝説の検証と脱線」に詳しい。
Den namen Welisunc findet man nicht nur bei Meichelbeck nr. 240 c. 800 in der gegend von Freising (Mone heldens. s. 20, Grimm in dieser zeitschr. 1,3, Förstemann 1,1276), sondern auch noch reichlich hundert jahr später für ein und dieselbe person im Salzburgischen unter Urkunden aus der zeit des erzbischofs Odalbert von 923—934 mindestens fünfzehnmal; Welsinch Juvav. p. 127 a. 927, Welisinch p. 123 a. 925. 131 a. 928. 134. 135. 144. 146. 153. 158. 163. 166 a. 930. 175, Welisink p.l30 a.925, Welisunch p. 140, Welisinc p. 165 a. 931; aufserdem im mittlem oder nördlichem Deutschland bei Dronke trad. Fuld. c.6, 164 Welsinc in Talaheim, necrol. Fuld. a. 851 Welisung; endlich in England ein geschlecht Välsingas, wonach das jetzige Walsingham in Norfolk ehemals Välsingahàm hiefs, Kemble cod. dipl. nr. 759. 782. 1339. nach Grimms unzweifelhaft richtiger deutung a. a. o. zeigt der name innerhalb des mythus den auserwähhen, echten göttersohn an. es ließe sich auch ohne den mythischen hintergrund seine weitere anwendung sehr wohl denken, da Welisunc an sich nur den auserwählten, echten abkömmling bedeutet. gleichwohl spricht sein seltnes vorkkommen und der mangel aller composita mit dem ihm zu grunde liegenden adjectiv got. valis ἠγαπημένος γνήσιος, gavalis ἐχλεχτός für die annahme, daß er dem mythus und der sage eigentlich angehörte und daher, wie andre, nur zuweilen entlehnt ward. die versuchte zurückführung von Belisarius auf got. Valisharjis ist nicht zu billingen, es müsten denn schon die Goten den umlaut des a in e gekannt haben. Belisarius Bilesarius Bilisarius ent spricht vielmehr einem ahd. Biliheri, das aus dem schwäbischen ortsnamen Pileheringa, Pilaringa, j. Bierlingen in Wirtemberg, wohl gefolgert werden darf, wie got. Sigismeres dem ahd. Sigimâr, Sigemâr; das einfache Bilis findet sich noch in Wigands trad. Corbei. §238. 283. 426. 430.
ミュレンホフの記事で触れられているKarl Meichelbeckの版はネット上では手に入らないので、代わりにモラヴィア司教府外交文書の「930年4月3日サルツブルク宛」を掲載する。
CIII
Literae tertiae ecclesiae Salisburgensis, in quibus testis scribitur Zuentipolch.
Actum Salzpurch III. Kalend. Aprilis, 930
Nihil sibi quisqne uideatur minuendum, qui econtra recipit in augmentum. Quapropter omnis, qui christiano profitetur nomine agnoscat quaclericorum scilicet et laicorum omnium, quandam complacitationem cum quodam nobili uiro Marhuuart agere decreuit. Tradidit itaque idem Marhuuart in manus eiusdem archiepiscopi Odalberti et aduocati sui Reginberti talem proprietatem, qualem ad Udrimam habere uisus est, et omnem inuestituram statim dimisit ad s. Petrum sanctumque Rodbertum in proprietatem perpetuis temporibus possidendum, cum mancipiis et edificiis, terris, pratis, cultis et incultis, ceterisque omnibus iuste ad hanc proprietatem accedentiis, ut ad sanctam Juuauensem sedem in proprietatem post diem eandem nullo impediente consisterent. Econtra uero ipse iam dictus archiepscopus una cum Reginberto aduocato suo eidem nobili uiro Marhuuart vocitato, de rebus sancte Dei ecclesie sibimet commisse tradidit curtem ad Puoche et loca ad hanc accedentia, nuncupata ad Furti et Pischoffesperch cum edificiis et mancipiis tunc inibi manentibus, exceptis duobus; et si forte aliquid exinde in seruitio Dei domus tunc foret occupatum, pretermisit ceteraque omnia tam in mancipiis, quam terriotoriis cultis et incultis, quesitis et inquirendis, sicut antea quondam Hartwich eiusdem episcopi proximus et aduocatus ibidem in beneficium habuit; et post eum Pertholt dux habuit complacitatum, et concordia subscriptis testibus relictum usque in finem uite sue. Et postea filius eius, si alquem ex coniuge legitima habeat genitum, si autem filium legitime adultum pro (sic loco ex) uxore minime habeat, dominus eius Pertholt dux, si eum superuixerit usque ad obitum eius in proprietatem possideat; postea ad predictam sanctam sedem in proprietatem perennem consistat. Isti sunt tetes: Pertholt dux. Luitpercht comes. Razo. Heimo. Pirhtilo. Papo. Gerhoh. Heriperht. Zuentipolch. Welisinch. Sigihart. Puop. Ruodperht. Walrich. Engilperht. Pernhart. Adalhart. Et per omnia decimam, que ad portam pertinet, pretermiserunt. Actum ad Salzpurch, anno DCCCCXXX. die III. Kalendas Aprilis.
Hormayr Oesterr. Archiv.
エルンスト・F・J・ドロンケのtrad. Fuld. c.6はエバーハルト写本(Codex Eberhardi)を活字化したものである。
Cap.6 Descriptiones eorum qui de Haſſia et Loganahe. Angergowe. et Lutringia et Vestfalia. sco Bonifacio tradiderunt bona ſua.
164. Welſinc et coniux eius megila trad. sco Bon. proprietateſ ſuas in Talaheim.
そして、ミュレンホフは上記の記事内でもう1つ重要な点を指摘している。すなわち英国の地名ウォールシンガム(Walsingham、Wolsingham、Woolsingham)とwælsingas氏の関連性である。ミュレンホフの説に基づけば、これらの綴りの古い形であるwælsinghámはwælsingas氏の故郷という意味であり、例えば、強引に古ノルド語化すればvǫlsung-heimrとなる。「英語の地名とチュートン伝説」は更に推論を進めて、ブルグント法典(Leges Burgundionum)に記されているwalestusまで遡れるとしている。
14. Constitutiones vero nostras placuit, etiam adiecta comitum subscriptione firmari, ut definitio, quae ex tractatu nostro et communi omnium voluntate conscripta est, etiam per posteros custodita perpetuae pactionis teneat firmitatem.
Nomina eorum, qui leges vel sequentia constituta et illa tamen, quae in priori pagina continentur, signaturi sunt vel in posterum cum prole Deo auspice servaturi.
...
Signum Walesti comitis.
...
一方、ミュレンホフの主張だけでは、何故彼がベリサリウスに言及しているか分かり辛いが、これはいわゆるシグルズル=ベリサリウス説を否定しているのである。この点については、シグルズル=ベルサリウス説支持派であるソフス・ブッゲによる「古ノルド語詩歌におけるWelsungen氏とNibelungen氏の故郷」に詳しくまとめられている。
Meine vermutung setzt aber voraus, was wol bedenklich ist, dass die Germanen noch im 11. oder 12.jh. sich der identität chem wege sind wol diese sagen zu den Deutschen gekommen?
Prokop schreibt den namen des helden Βελισάριος. Es lässt sich nicht mit sicherheit bestimmen, welcher sprache dieser name angehört, da man nicht weiss, welchem volksstamm Belisar be seiner geburt angehörte. Der einzige bewahrte aufschluss von seiner herkunft sind die worte Prokops (Bell. Vand. III 11): Βελισάριος ...
Ich entscheide daher nicht, ob Βελισάριος, wie Grimm, Gesch. d. deutsch. sprache s. 301 meint, got. Walisaharjis (Valisaharis) sei, oder nach der deutung Müllenhoffs (Zs. fda. 12, 288 f.) dem ahd. Biliheri entspreche, neben welchem Bilis nachgewiesen ist (S. E. Schröder).
Der einwand Müllenhoffs gegen die deutung von Βελισάριος als *Walisaharjis, dass das gotische e als i-umlaut aus a nicht habe, scheint doch nicht ganz entscheidend, denn Βελισάριος, im falle en germanisch wäre, könnte einer andern sprache als der gotischen angehören.
Obgleich ich nicht behaupten will, dass Βελισάριος ein germanischer name Walisaharis sei, halte ich es für annehmbar, dass die Westgermanen den fremden namen Βελισάριος in Welisung (ags. Walsing) auch Welising (Müllenhoff, Zs. fda. 13, 288) unter dem einfluss eines zu got. Walis γνήσιος gawalis (waljan wählen) entsprechenden wortes umgedeutet haben.
Der umstand, dass Βελισάριος auch im Latein, immerfort mit b (so bei Jordanes Belesarius im gegensatz zu Vandali, bei Prokop Βανδάλοι) geschrieben wird, kann dieses nicht widerlegen, da die Griechen schon früher das fremdwort βισαν haben, welches dem ahd. wisunt entspricht. Das germanische suffix -ung, sowie -ing, -ling entspricht in der anwendung oft dem lat. -arius, mhd. kemerlinc cubicularius; hornunc Februarius; ags. hŷrling mercenarius. Sollte man im mittelalter im westen bei -arius in Belisarius an das altfranz. -aire 'geschlecht' (de gentil aire) gedacht haben?
この論文は、他にも「ヒャールプレクル(hjálprekr)王=ヒルデリク(hilderic)王」など、大胆な仮説をいろいろ立てており面白いが、概して強引な感は否めない。私は、ゲルマン諸語-ギリシア・ラテン語間ではv/w-bの表記に入れ替わりが起きうる、という指摘は尤もだと思う。また、ミュレンホフがしたように、-ariusという接尾辞にまでグリムの法則を適用するのはいかがなものか、という反論も納得できる。ただ、接尾辞の-ariusがゲルマン諸語の-ungに相当する、という主張は飛躍しすぎだろう。私なりの無難な意見としては、welisungとβελισάριοςは共に*welis-の派生語だが、welisungがβελισάριοςに相当するかまでは分からない、といったあたりが落としどころだと思う。
以上の議論を簡単にまとめると、次の表のようになる。
| 言語 | 綴り | 一次・二次資料 | 時代 |
|---|---|---|---|
| 古ノルド語 | vꜹlſvng-ar | 王の写本など | 13世紀 |
| 古英語 | ƿælſınᵹ-aſ | ノーウェル写本(ベーオウルフ) | 12世紀 |
| ラテン語 | welſinc | エバーハルト写本 | 12世紀 |
| ラテン語 | welisinc(h) | 教会関係の書簡多数 | 10世紀 |
| ? | welisung | ? | 9世紀 |
| 古英語 ラテン語 | wælsing-hám | Add. MS. 14847, Cotton Augustus II. 85, Reg.C.C. Cantuar. C. v. fol. 11 | 11世紀 |
| 英語 | W[a|o]lsing-ham | 現代の地名 | - |
| W[e|o]lsin[g|k] | 現代の姓 | - | |
| 言語 | 綴り | 一次・二次資料 | 時代 |
| 古英語 | ƿælſ | ノーウェル写本 | 12世紀 |
| ギリシア語 | βελισ-άριος | プロコピオスの戦史、秘史 | 6世紀 |
| ラテン語 | wales-tus wales-sa | ブルグント法典 | 6世紀 |
| *walis- | ? | ? |
つまり、*walis-/*welis-という人名はゲルマン諸語では古代から使われており、その派生語として遅くとも9世紀半ばまでには*welis-ung-という複合名詞を呼称にもつ人が登場した、というのがこの説の骨子である。そして、この*walis-の語源は、衆目の一致するところ、ゴート語の動詞*𐍅𐌰𐌻𐌾𐌰𐌽(*waljan/選ぶ)や*𐌲𐌰𐍅𐌰𐌻𐌾𐌰𐌽(*gawaljan/選ぶ)の縁語である形容詞の*𐍅𐌰𐌻𐌹𐍃𐌰(*walisa/愛しき・本物の)が名詞化したしたものである。ちなみに、ブッゲもミュレンホフもwalisと綴っているが、*walisaが*walisでない件については、「GOTISCH WALISA*」参照。ただし、*walis-という人名があったと言う記録は弱いので、*welis-ung-はゴート語の時点で既に成句だったのかもしれない。そもそも、*walisaという形容詞は𐌱𐌰𐍂𐌽(barn/子供)の修飾語として用例があり、この場合「(養子や義子ではない)実子」を意味する。したがって、*walisa+*juggsという複合語を仮定すると、おそらく「(ある血筋の)嫡流の子弟」という意味だったと思われるが、まあ、この辺りの実態は杳として知れない。
𐌺𐌰𐌽𐌽𐌹𐌳𐌰𐌹̈𐌶𐍅𐌹𐍃·𐌽𐌹𐌾𐌿𐍃𐌼𐌹𐌺𐌲𐌰𐍅𐌰
𐌻𐌹𐌳𐌴𐌳𐌿𐌸·𐌰𐌺𐌹̈𐌺𐌲𐌰𐍅𐌰𐌻𐌹𐌳𐌰𐌹̈𐌶𐍅𐌹𐍃·
話は変わるが、この「ファーヴニルの箴言」では、シグルドリーヴァの呪いを解くことができるのは、skjǫldungar氏と予言されている。そして「シグルドリーヴァの箴言」では、シグルズルが実際に呪いを解いているのだから、つまるところ、シグルズルはskjǫldungar氏(デーン人)である。無論、これは「血を引いていればいい」という話なので、シグルズルは母系の先祖にskjǫldungar氏の人物がいるのかもしれないが、そのような設定は明らかにされていないし、第一不自然である。これは何度もylfingar氏と描写されている異母兄ヘルギ(helgi)と同じ現象だと言える。合理的に考えると、「シグルドリーヴァの箴言」成立時の主人公(シグルズル)は元々skjǫldungar氏と設定されていたのに、統合編集された際に、主人公が無理やりvǫlsungar氏に組み込まれた、ということだろう。同様のケースとして、「レギンの箴言」でシグルズルはyngva konr
、つまりyngviの血を引くとされている。「レギンの箴言」の主人公も、かつてはynglingar氏だと設定されていたのだろう。
王の写本以外にも、シグルズルが蛇を退治する話に相当する部分が存在する。そして、各々の説話では以下のように設定が対応する。ちなみに、シズレクス・サガはノルウェー版とスウェーデン版があり、ノルウェー版の方がやや古く、オリジナルに近いのだが、固有名詞の考証に関してはスウェーデン版にも一定の評価がなされているので、ここではスウェーデン版に準拠している。
| Konungsbók | Didrikssagan | Nibelungenlied | Beowulf | |
|---|---|---|---|---|
| 英雄の名 | sigvrdr/sigvrþr/sigvrðr | sigord | Sivrit/Sifrit | sigemvnd |
| 父の名 | sigmvndr | sigmund | Sigemvnt | - |
| 母の名 | hiordis | sissebe/sibeke | Sigelint | - |
| 氏族の名 | vavlsvngar | - | - | waelsingas |
| 怪物の名 | fafnir | regen | - | - |
| 怪物の種類 | ormr | orm | trache/lintrache | wyrm/draca |
| 血を飲む | 鳥の言葉がわかるscildi hann fvgls ravdd | 鳥の話がわかるkunde han genstan fugla maall | - | - |
| 血を塗る | - | 角のように硬くなったwart han hard som horn (手が届かない背中) | 皮膚が角になったsin hvt wart hvrnin (葉が挟まった) | - |
| 老人の名 | reginn | mymmer | (Albrich) | - |
| 剣の名 | gramr | gramer(regenの死後に) | (Balmvnch) | - |
| 馬の名 | grani(hialprekrより) | grane(brynildaより) | - | - |
| 地域 | アイスランド | スウェーデン | ドイツ | イギリス |
「ファーヴニルの箴言」とベーオウルフにおけるシゲムンドの蛇退治は、英雄の名前が違う点を除けば、ほぼ同一のストーリーである。というよりも、ベーオウルフ版の方はボリュームが少なすぎて、差異を見出せるほど詳しく状況が記されていない。そんな中、beah hoꞃꝺ
という細かい情報での符合がある。つまり、こちらのormrの財宝同様、あちらのwyrmの財宝も輪環状だったのである。これは同一起源の証拠のひとつと考えられなくもないが、一方で、我々が想像するよりも、輪環状がポピュラーであった、という背景がある。
物の形状はいくら説明に紙幅を費やしあっても、なかなか想像しづらいものだが、現物の画像を見れば話が早い。スウェーデンの国立歴史博物館は、その名もズバリ「黄金の間(Guldrummet)」という名で金をテーマにした常設展示を持っており、並々ならぬ黄金への拘りを見せているが、一方で「スウェーデン人の金財宝」には、展示に向かないようなものまで含めて全出土品の写真リストがある。黄金の主な形状は、メダル・延べ板・装飾品・置物などに分けられるが、見比べると、それらを圧倒して輪環・針金から派生した形状(知恵の輪・螺旋バネ・蚊取り線香・手延べうどん)が多いことがわかる。
私はこれらの芸術性を判断する立場にはないものの、工数を考えると、美術的観点での付加価値は限りなく低いと思われる。しかし、中には、わざわざローマ帝国の金貨を鋳潰して作られているものもあり、この形状が好まれていたのは確かである。いろいろ考えられるが、いずれにせよ、何らかの実用上の理由があったのだろう。
ヴォルスンガ・サガは、王の写本とほぼ同じなので表からは省いたが、怪物の種類に関しては表現が豊富で、基本のormrの他に、lyngormr、drekiも使われている。ここで注目すべきはニーベルンゲンの歌のlintracheである。おそらく、このような綴りの単語が存在するのは、ニーベルンゲンの歌だけなので、世にも稀な表現だが、意味は明白である。つまり、リントヴルム(lindwurm)などに使われている接頭辞のlind-(寝そべっている、直立しない、寄りかかっている、くねくねとした)と竜を意味するdracheの合成語であるlind-dracheを無声音で発音してlin-t-racheと綴られている(A写本の2回目のみlintdrache)のである。
alſo grozer chrefte: nımere reche gewan. Noch weız ıch an ım mere. ꝺaz mır
ıſt bekant. eınen lıntrachen. ſluͦch ꝺes heleꝺes hant. ꝺo baꝺet er ın ꝺem blvͦte.
ꝺeſ ıſt ꝺ͛ helt gemeıt. von alſo veſt͛ hvte: ꝺaz ın nıe wafen ſıt v͛ſneıt. Nv
しかしながら、私(=Hagene)は、私に知らされたことが、より多かったことを知っている。この英雄(=Sifrit)のその手は、とあるリントラケ(lintrache/這う竜・伏龍)を殺し、彼はその血を浴びた。かの英雄は喜んだ。それにより、皮膚が硬くなり、いかなる武器も彼に傷を負わせなくなったことを。
dreki/drache/dracaと、ormr/orm/wyrmは、語源の違う単語であるからには、語義やニュアンスに多少の差が出るのは当然のことと言える。しかし、ベーオウルフやヴォルスンガ・サガでは、同一の個体をそれぞれで呼んでいるのだから、それらが意味するところの差異を突き詰めていくのは、あまり建設的とは言えないだろう。これは接頭語のlind-/lyng-の有無についても同様である。ただ、なぜこういった差が発生するのか、という点は、いささか興味深い。
dreki/drache/dracaはギリシア語のδράκωνへと遡ることができる、いわば、地中海文化の産物であるのに対して、ormr/orm/wyrmは祖ゲルマン語の*wurmi-に連なる純ゲルマン的なものである。つまり、これは*wurmi-に支配されていた北ヨーロッパが、ギリシア・ローマに代表される文字文化のδράκωνに屈服し、あるいは、それを受容していく過程と見ることができる。
我々、現代人的な観点からすると、ormrを最も的確に古典ギリシア語に訳せば、Ὕδρα(ヒュドラー)になるだろう。そもそも、ormrは海蛇の意味もある。さらに、ファーヴニルは海神の兜(ægishjalmr)を被り、カワウソ(otr/*udreh₂)の兄弟であり、毒を吐き、黄金を守護している。伝説・神話の立ち居地から考えると、これほどしっくり来るものはない。
しかし、そうはならなかったのだ。彼らは別に古典ギリシア語に訳したわけではなく、身近にある語彙から適したものを選んだだけである。そこにあるラテン文字文化とは、とりもなおさず聖書のことであり、毒を吐く海蛇といえばdracoである。Ὕδραなど、ルネサンスを経験していない社会では候補にも挙がらなかっただろう。
おそらく、上の表で、差異として最も際立っているのが、母の名前だろう。こじ付けすら不可能なほど、見事にバラバラである。しかも、バラバラなのは名前だけではない。境遇もバラバラである。王の写本の母は夫に先立たれた後、再婚している。シズレクス・サガの母はシグルズルを出産した直後に死んでいる。ニーベルンゲンの歌の母は夫ともども故国で安穏と暮らしている。
なぜ、こうも違ってしまったのか、答えはおそらく夫のsigmundr/sigmund/Sigemuntにある。母の境遇の差は、そのまま父の境遇の差でもある。そこで、次のような仮定を受け入れると、いろいろなことが上手く説明できる。
タキトゥスの年代記の1巻によると、アルミニアスの妻の兄弟の名がSegimundusなので、シグムンドルは遅くとも1世紀まで遡れる由緒正しいゲルマン人の名前である。当然、この名前を持つ人物は各時代の各地域に大量に存在する。おそらく、シグルズルに関する伝承では、かなり早い時期から父の名をシグムンドルと称していたので、父の名が統一されているのだろうが、そこでは、「どのシグムンドルか」という観点が抜けていた、あるいは途中から抜けてしまったため、それぞれの物語が発展していく過程で地域色が強まって、独自の両親像が形成されたのだと考えられる。王の写本の場合、たまたまそれがvǫlsungar氏のシグムンドルだったため、ベーオウルフに出てくるsigemundとネタが被ってしまったのだろう。
現在、ニーベルンゲンの歌の最も古い版と目されている写本Bでは、リントラケ退治が以下のように語られている。
$ = Ascii 036 = v mit übergestelltem o Im Original-ASCII: Dollarzeichen. Mediaevum 78. % = Ascii 037 = v mit übergestelltem e Im Original-ASCII: Prozentzeichen. Mediaevum 77.000981 Noch weiz ich an im mere daz mir ist bechant 000982 einen Lintrachen den sl$ch des heldes hant 000983 er badet sich in dem bl$te sin hvt wart hvrnin 000984 des snidet in chein wafen daz ist diche worden scin「しかしながら、私は、私に知らされたことが、より多かったことを知っている。この英雄のその手は、とあるリントラケを殺し、彼はその血を浴びて、彼の皮膚は角(hvrn)となった。かくして現在見られるように、どんな武器にも傷つかなくなった。」
008961 Si sprach min man ist ch%ne vnt dar zv starch genvch 008962 do er den lintrachen an dem berge slvch 008963 ia badete sich in dem pl$te der reche vil gemeit 008964 da von in sit in stvrmen nie dehein waffen ver sneit彼女(=Chriemhilt)は言った。「私の人(=Sifrit)は勇敢でまぎれもなく強いので、かつて、かのリントラケを山で殺し、その血に身を浴しました。そのおかげで、戦闘(stvrm/嵐・襲撃)の際、彼にはどんな武器でも傷がつかなくなりました。」
008991 Do von des Trachen wnden vloz daz heize blvt 008992 vnd sich dar inne badete der ch%ne ritter gvt 008993 do viel im zwihssen di herte ein linden_blat vil breit 008994 da mach man in versniden des ist mir sorgen vil bereit「傷ついたトラケから、熱い血が溢れ、かの勇敢で優れた騎士(=Sifrit)は、その身に血を浴びました。その時、肩甲骨(herte)の間に大きく、1枚の科の木(lind)の葉が広がったのです。だから傷を負うのではないかと、私にはそれが心配で、こうして備えるのです。」
これだけなのである。一応3つの聯があるが、第00098聯と第00896聯はほぼ同じ内容なので、実質的には2つの聯しかない。さらに、内容を検討してみると、「ファーヴニルの箴言」で語られた要素と何一つ重複していないことがわかる。強いて言えば、このリントラケが山にいた(an dem berge
)、というあたりがグニータヘイズルに住むファーヴニルと符合するのと、怪物の血が物語上の重要なギミックになっている点だろうか。
そして、これはB写本に限った話ではなく、この件に関しては、他の系統でも似たり寄ったりである。リントラケ退治そのものの扱いが薄い、という点を踏まえた上で、似ている場所を探すのはひとまず止すことにする。逆に、相違点に着目すると、リントラケが宝を持っていなかった、という点が決定的である。これはベーオウルフの設定とも違う。無論、財宝を持っていたが描写されていないだけ、という可能性もある。しかし、それでは物語上では無かったのと変わらない。なぜなら、その仮定的な財宝は、後のストーリーに全く影響を与えていないからである。では、ニーベルンゲンの歌では財宝がストーリーに関わらないのか、というとそんなことはない。Nibelvngen氏を打ち負かして王を処刑し、さらに仇討ちを挑んできたAlbrichを殺して財宝を奪うのが導入部の山場である。
つまり、オルムル/リントラケではなく、財宝を基準にした方が話が早い。「ファーヴニルの箴言」では、ファーヴニルを殺した上で、レギンも殺してから財宝を入手する。一方のニーベルンゲンの歌では、竜を殺さずに、Nibelvngen氏と戦争し、勝った後にAlbrichを殺してから財宝を入手する。レギンとAlbrichは全く違う背景を持った人物だが、こうしてみると、確かによく似ているようでもある。
ちなみに、ニーベルンゲンの歌のAlbrichはシェイクスピアの真夏の世の夢に出てくるOberon(Auberon)に相当する。しかし、この名前は古ノルド語風に綴る場合、álfrekrとなる。これは、シグルズルの義父であるálfrに通ずる名前であり、また、その父のhiálprekrを想起させる名前でもある。ただ、álrekr-álfrの親子はYnglingatalにも出てくるので、そういう意味では割とありふれた名前とも言える。
ほとんどの古エッダの詩(eddukvæði)にはもともと決まった表題がなく、便宜上、後世に考案された通称で呼ばれている。この通称はたいてい「主要登場人物・固有名詞の属格」+「ジャンル」となっており、有体に言うと、和訳はほぼ「○○の△△」という形式を踏むことになる。ここで注目するのはジャンル、すなわち日本語訳の△△に相当する部分―spá(スパー)、mál(マール)、kviða(クヴィザ)、ljóð(リョーズ)など―である。
このうち、spáは「予言」を意味しストーリーの内容をもとに名づけられたジャンルである。単発なのでジャンルと言うには面映いが、senna(センナ/嘲弄)、hvöt(フヴォト/扇動)、grátr(グラートル/悲嘆)、galdr(ガルドル/呪文)なども、spáと同様に、広義には「発言」であることを前提として、その発言内容に基づいた区別である。
一方で、ストーリーには全く関係なく決まるジャンルもある。それが、tal(タル/数え上げ)とþula(スラ/暗誦)である。talは「ポケモンいえるかな」や「殷周秦漢三国晋」のように対象を愚直に並べたリストであり、þulaは「ドレミの歌」や「一週間」(ロシア民謡の方)のように一連の対象を解説つきで並べたものである。違いは単語を並べているか、短文を並べているかだけで、いずれにせよ固有名詞を列挙しているのがtalとþulaである。ただ、こういった列挙はストーリー性に乏しく、なぜ列挙するのか説明しないと読者が付いて来られないので、単体の作品として成立しづらく、長大な作品の一部がtalやþulaになっている場合がほとんどである。
さて、表題のためのジャンル分けは、ややもすれば、上記のように個々の作品の細かい特徴からとられているが、一方で、もっと大きな視点から、作品群ごとの傾向を元にしたジャンル分けもある。それが、mál(マール/話)、kviða(クヴィーザ/話)、ljóða(リョーザ/詞)、drápa(ドラーパ/英雄譚)、ríma(リーマ/脚韻)である。後者の2つは古エッダには出てこないので省略するとして、mál、kviða、ljóðaの違いを説明する。
málとkviðaは直訳するとどちらも「話」であるが、そのうち、málは集会における演説、転じて「賢者が民衆に物の道理を教え諭す」という体裁の発言を意味し、それ以外の説教的でないもの、つまり言い伝えをkviðaという。kviðaは発言するという意味の動詞kveðaの名詞形であり、この意味するところはかなり汎用性があるが、詩のジャンルをわざわざkviðaとカテゴライズする場合は、歴史・伝説の口述に限定される。とはいえ、その口述の内容が秘史秘奥の伝授になってくるとmálなので、どうしても曖昧さは残るが、基本は排他的なジャンル分けである。もちろん、発言ですらないもの、つまり地の文はkviðaとはいえないが、古エッダに限っていうと地の文単体で成立している部分はむしろ例外的な扱いなので、ほぼ全ての古エッダの詩はmálかkviðaのどちらかである。
語感を掴むためにもっと細かい話をすると、本文におけるファーヴニル、シグルズル、レギン、小鳥の発言は全て"q."と地の文に書かれている。すなわち、qveþa(=kveða)である。しかし、小鳥の2回目の発言だけは"m."、すなわち、mælaなのである。ファーヴニルは結果的にシグルズルに忠告することになったが、これはあくまで売り言葉に買い言葉という成り行きからであり、当初は普通の会話だった。小鳥のお喋りもシグルズルにとっては得がたい教訓であったが、小鳥たちはシグルズルに聞かれていることを意識しておらず、世間話の域を出ないものだった。これがkviðaである。他方で、レギン殺害後の小鳥の発言は、明確にシグルズルに向けた教導であり、これがmálである。もちろん、もっと細かく見れば、ファーヴニルの後半の発言、特に第9聯、第13聯、第15聯、第20聯、第22聯あたりもmálと言えるだろう。
そして、ljóðaだが、これは独語のLiedに相当し、英語ではlay及びlyricsと同源の言葉である。意味は「歌謡」であり、文字媒体としては「歌詞」のことである。つまり、定型詩は全てljóðaになるのだが、古エッダは地の文以外全て定型詩なので、ljóðaを広義にとった場合、古エッダの全ての詩が当てはまる。ただし、例によって、ジャンルでljóðaといった場合、歌謡的でリリカルなもの、つまり抒情詩を指す。これは先に説明した発話的なもの、すなわち叙事詩を指すkviðaと対になるジャンルである。ところが、実際の古エッダの詩はほぼ全て神話・伝説に題材をとっているので、全ての詩に叙事詩的要素があり、かつ全て会話文なので、登場人物の感情を絡めた抒情詩的要素もふんだんにある。したがって、kviðaとljóðaの区別は自然と主観的で曖昧なもになり、タイトルに採用されているようなジャンル分けは慣用に基づいたものである。
そして、これらの全てのジャンルをひっくるめたものをkvæði(クヴェージ)という。綴りを見て分かるように、これもkveðaの派生語だが、下位カテゴリのkviðaと違って特に叙事詩であるという縛りはなく、drápaやrímaも含めて全ての韻文を網羅する概念である。ただし、söngr(ソングル/歌)の中には賛美歌のように韻を無視して構成されている新しい形式のものがままあり、これらはkvæðiには含まれない。
さて、上記のmál、kviða、ljóðaは内容的な区分なのだが、実は、時代的・地域的な区分でもある。つまり、málとljóðaでは発生・流行の時期と場所が違うのである。この点を些かややこしくさせるのが詩の韻律である。
本稿の「ファーヴニルの箴言」の各聯の大部分は6行で記述してあるのに、小鳥の発言は3つ(第34聯、第37聯、第38聯)を除いて8行になっていることに気付いただろうか?実は、6行の部分と8行の部分では詩の形式が違うのである。誤解を恐れずに言えば、短歌と俳句、あるいは五言絶句と七言絶句の違いのようなものである。この6行の部分の韻律のことをljóðaháttrと言い、8行の韻律をfornyrðislagと言う。
このljóða-háttrという複合語の接尾辞-háttrは「形式」という意味であり、ljóðaháttrは「ljóðaの形式」つまり、ljóðaでよく使われている詩の韻律という意味が込められている。そして、これらとは別に、málaháttrとkviðuháttrという韻律もあり、これらもmálやkviðaに多いことから名付けられた。しかし、当然のことながら、韻律と内容は独立した要素なので、málaháttrだからといって説教的な内容だとは限らない。あくまでも作られた時代背景に鑑みて緩い相関があるかもしれない、という程度の繋がりである。
| 韻律の名称 | 典型的な行数 |
|---|---|
| fornyrðislag | 8 |
| málaháttr | 8 |
| kviðuháttr | 8 |
| ljóðaháttr | 6 |
「ファーヴニルの箴言」における8行詩の頭韻は、以下のようになっている。
| 行 | 原文 | 和訳 | 頭韻 | 音節 | 強勢 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | þar sitr sigurdr | そこにシグルドル(sigurdr)が座って(sitja)いる | s | 4 | 2 |
| 2 | sveita stoccinn | 汗を流して(sveita)切り株に。 | 4 | 2 | |
| 3 | fáfnis hiarta | ファーヴニル(fáfnir)の心臓を | f | 4 | 2 |
| 4 | við funa steikir. | 炎(funi)で串焼きにしながら。 | 5 | 2 | |
| 5 | spakr þotti mer | 賢い(spakr)と私には思える | sp | 4 | 2 |
| 6 | spillir bauga | 輪環をダメにする者(spillir)は。 | 4 | 2 | |
| 7 | ef hann fjǫr sega | もし、彼が命(fjǫrr)のかけらを | f | 5 | 2 |
| 8 | fránan æti. | 輝く(fránn)それを、食べたなら。 | 4 | 2 |
具体的には、2行ずつがペアになっており、奇数行(先行)で出された強勢が置かれる音節(古ノルド語では各単語の最初の音節)のうち、1つを選んで、偶数行(後追い)の最初の強勢(höfuðstafr)にその音節を使わなければならない、というルールがある。5行目のspakr þotti mer
を例にとると、4つの音節があるが、このうち3つ目のtiという音節は、単語の最初の音節ではないので、強勢が置かれない。また、merも単純な代名詞なので、強勢がおかれない。この時点で頭韻に成り得るのはsp、þの2つであり、次の6行目の最初の強勢(最初の単語の頭文字)はいずれかで始めなければならない、ということである。この作者は6行目をspillir bauga
と、最初の強勢にspを選択しており、ルールに合致している。すなわち、頭韻spの成立である。
他の行も同様のルールで作文されているのだが、例えば、1行目のþar sitr sigurdr
のように、奇数行の頭韻候補の段階で、既に2つ以上の同じ子音を持つ音節が存在している場合もある。このとき2行目の最初音節がsveiなので、sitr-sveiとsig-sveiの2つのペアが同時に頭韻を成立させていることになる。この方が難易度が高いので、他の行と比べてより技巧的だといえる。また、4行目のvið funa steikir.
のように、偶数行の最初の単語が韻に使われていない場合もあるが、これはviðという前置詞が強勢を伴わないからである。一般に代名詞(ekやhannなど)、前置詞(áやí等)、接続詞(okやef等)、関係代名詞(erなど)、冠詞(hinnなど)…のように木っ端な単語は強勢が置かれない。一方で名詞や形容詞はまず間違いなく強勢が置かれる。動詞や副詞は時と場合による。
ただし、上記の説明はより一般的な意味で古文(fornorð)の音韻に援用できるような規則ではない。特に、偶数行の最初の強勢に拘るのはもむしろスカルド詩の宮廷律(dróttkvæðr háttr)を想起させる特徴である。málaháttrが説教的ではないのと同様に、fornyrðislagだからといって古いとは限らない。それどころか、この単語は各人によって定義が異なる、甚だ曖昧な区分だと言わざるを得ない。
例えば、エッダにおける韻律の解説よると、fornyrðislagの頭韻は1つきりでなければならないので、1-2行目のように2つの頭韻がある場合はアウトである。しかも、偶数行は最初の強勢の前に強勢のない音節が来なければならない。したがって、5-6と7-8も不適であり、この条件が満たせているのは3-4行目だけ、ということになる。
fornyrðislagの例:
Ort er oꝼ ræſı þaɴ er rẏðꝛ gᷓnͬ vͬgſ [et] ylgıar [et] vap̄lıtar. ꝥ mvn æ lıꝼa nema avld ꝼͬız bᷓgnīga loꝼ eþa bı lı heımͬ
bálkarlagの例:
Lypta ec liosv lofi þioð [konvn]gss. ypp er fyy[rir] yyta iarls mærð borin. h[verr] mvni heyrra hroðr giofla ta seggr sva [qve]þinn seims [et] hnossa.
Sv er grein milli þessa hata. at ifornyrþis lagi eru ifyrsta [et] .IIJ. v.o. er einn stvþill, en i o[þro] [et] .IIIJ. v.o. þa stendr havfvð stafr i miðio [orði]. En i sticka lagi erv .IIJ. stvðlar. [en] havfvð stafr i miðio [orði]. En i balkar lagi standa[zt] stuðlar [et] hǫfvð stafr sem i drottqvæþv.
これらの韻律(háttr)のうち、fornyrðislagでは、1番目と3番目の行(vísuorð)には「補助(stuðill/奇行側の頭韻)」が1つあり、2番目と4番目の行では「頭の文字(höfuðstafr/偶行側の頭韻)」が真ん中の言葉にある。一方、stikkalagでは、「補助」が3つあり、「頭の文字」は真ん中の言葉にある。bálkarlagにおける「補助」と「頭の文字」はdróttkvættと同じである。
| 韻律の名称 | 頭韻の数 | 偶行の先頭が頭韻 |
|---|---|---|
| fornyrðislag | 1 | × |
| stikkalag | 3 | × |
| bálkarlag | 2 | ○ |
しかし、肝心のエッダにすら、上記のルールを満たす純粋なfornyrðislagの聯は幾らも挙げられていない。もちろん、完結した作品としては1つも存在しない。つまるところ、こういった韻律の種類は古い時代の詩を研究する過程で生まれたものだが、あくまで机上における分類の基準であり、現実に存在する作品がこういったルールに則って書かれているわけではないのである。別の言い方をすれば、エッダの時代にはネイティヴなfornyrðislagの詩人は既に絶滅しており、こういった再建ルールを考案することによって、作品に擬古的な風味を与えようとしていた、ということである。
fornyrðislagの別の例として、先ほど書き取ったベーオウルフを挙げておく。
| 行 | 原文 | 和訳 | 頭韻 | 音節 | 強勢 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Sẏþðan ƿıᵹeſ heaꞃꝺ | 激しい戦い(wīġ)の後に、 | w | 5 | 2 |
| 2 | ƿẏꞃm acƿealꝺe | 大蛇(wyrm/古ノ:ormr)が殺された、 | 4 | 2 | |
| 3 | hoꞃꝺeſ hẏꞃꝺe | 宝(hord)の番人(hierde/hȳrde) | h | 4 | 2 |
| 4 | he unꝺeꞃ haꞃne ſꞇan | 灰色の(hár)石の下に。 | 6 | 2 | |
| 5 | æþelınᵹeſ beaꞃn | 王子(æþeling)の息子は | 母 | 5 | 2 |
| 6 | ana ᵹe-neðꝺe | 一人で(ān)あえて冒した、 | 5 | 2 | |
| 7 | ꝼꞃecne ꝺæꝺe | 大胆な(frēcne)行為を | f | 4 | 2 |
| 8 | ne ƿæſ hım ꝼıꞇela mıꝺ | フィテラ(fitela/古ノ:sinfjǫtli)を伴わずに。 | 7 | 2 |
見ての通り、今まで説明した2つの理論では説明できない箇所がいくつかあるが、それでも、言語が違うことを思えば、ささやかな違いと言うべきだろうか。
一方、「ファーヴニルの箴言」の8割を構成する6行の部分、つまりljóðaháttrの頭韻は次のようになっている。
| 行 | 原文 | 和訳 | 頭韻 | 音節 | 強勢 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | heiptyrði eín | 悪意のある言葉(heiptyrði)ばかりだと、 | h | 4 | 2 |
| 2 | telr þu þer i hvivetna | お前は言うが、お前に何をしても(hvatvetna)。 | 7 | 2 | |
| 3 | enn ek þer satt eitt segik. | しかし、私はお前に正しい(sannr)ことだけを言っている(segja)。 | s | 7 | 3 |
| 4 | iþ gialla gull | 「鳴り響く(gjalla)黄金(gull)」 | g | 4 | 2 |
| 5 | ok iþ glóðrauða fe | と「熾火の赤の(glóðrauða)財宝」、 | 6 | 2 | |
| 6 | þer verða þeir baugar at bana. | これら2つの輪環(baugr)がお前に死(bane)をもたらすだろう。 | b | 9 | 3 |
1行目と2行目で行を跨ぐ頭韻を作らなければならない点は8行の詩の場合と同じだが、2行目の頭韻は先頭の強勢である必要はない。また、3行目は同じ行内に頭韻のペアを作ればよい。総じてこの縛りは緩いので、頭韻の観点だけからすると、8行の詩より難易度が低い。
ただし、いくら難易度が低いといっても頭韻によって文意に歪みが生じるのは避けられない。例えば、シグルズルが手に入れる輪環は第40聯では「rauðr baugr
(赤い輪環)」と描写されている。すなわち、音節数の関係もあって第9聯にあった「glóð
(炭火)」という表現が削られているのである。おそらく、第9聯も本来の意図としては「赤い宝」と言いたかっただけなのだろう。ところが、4行目でgを2回使ったせいで、5行目はどうしてもgを入れなくてはいけなのだが、緑ならともかく、赤を意味してgで始まる都合のいい単語はない。そこで、文意に影響を与えないギリギリの選択として「赤い宝(rauða fé)」ではなく、「熾火の如く赤い宝(glóðrauða fé)」としたのだろう。
逆に言うと、「熾火」という部分は無くても解釈に差し支えはない。更に言えば、翻訳された文章の読者はこのような事情を察することができないので、むしろ、無い方が分かりやすい、とさえいえる。私は、これを仮に「頭韻減点評価方式」と呼んでいる。つまり、ストーリーだけを追いたい場合、頭韻を形成している単語は、あまり意味を真に受けずに、軽く受け流しておいた方が良い、ということである。些か逆説的だが、頭韻は成立させるだけでも難しいので、少々のニュアンスのブレには寛容な態度で臨むべき、ということでもある。
しかるに、上記の逐行訳は、正確さに重点をおいて訳したが、ややもすれば日本語の言い回しが不自然で、読者の理解を妨げているのではないか、とも思う。そこで、意訳版では、原文で韻を踏むために導入されたと思しき不自然な単語(例えば、「剣(sverðr)」を「武器(vápn)」と言い換えるなど)をすべて取り払って、会話と会話の間の論理性を重視してみた。
さて、このように、「ファーヴニルの箴言」は8割がljóðaháttr、残りの2割がfornyrðislagで構成されている。そして、観念論的な話をすれば、ljóðaháttrの詩は、fornyrðislagの詩よりも新しい。しかし、先にも述べたように、fornyrðislagだから古いとは言い切れない。実際、王の写本で、最も古いと考えられている「巫女の予言」はfornyrðislagだが、内容的に最も新しいと思われている「グリーピルの予言」もfornyrðislagである。だから、「ファーヴニルの予言」のうち、8行の部分より6行の部分の方がより新しい、とは言えない。韻律の証言とは、なんとも心許無いものなのである。ただし、それは時間に関する話である。もう1つの観点である空間、すなわち書かれた場所に関しては、ljóðaháttrであることに意味がある。なんとなれば、ljóðaháttrはアイスランドでしか見られない形式である。したがって、ゲルマン諸語を話す他の地域で書かれた詩が、単に古ノルド語へと逐語訳されたもの、という可能性は極めて低い。ほぼ確実に、「ファーヴニルの箴言」はアイスランドで作文された詩である。
この詩を訳出する上で避けて通れないのがタイトルのmálをどう扱うか、である。前の議論で詳述したように、意味合いとしては教導的・啓蒙的なスピーチのことを指すので、二字熟語では教諭・教授・訓告あたりが相当するのだろうが、嘆かわしいことに、現在の日本語では職業や罰則が想起されるので、使いにくい。「校長先生が朝礼で話すもの」という意味では訓話という訳も捨てがたいが、ここでは箴言とする。つまり、Fáfnismálは「ファーヴニルの箴言」である。ただ、málは必ずしも教訓めいたものが入っている必要はなく、過去の経緯を説明するときにも(おそらく、料理の作り方を説明するときも)使えるので、必ずしも正確な訳とは言いがたい。本当に過不足なく表現するなら「ファーヴニルの教え」がベストだろうが、どれを選ぶかは今後の課題として先送りすることにする。
王の写本には様々な詩篇が収録されており、その中にシグルズルの生涯を主題とするものは7篇ある。また、それらの合間には、各作品間の時期におこった出来事が地の文として散文で記されている。これら地の文のうち、Frá dauða sinfjǫtlaとFrá dauða sigurðarは少し特殊な存在だが、その点については後述する。
このうち、時系列が巻き戻っているは7番目の「シグルズルの叙事詩・小篇(Sigurðarkviða inn skamma)」だけであり、これはシグルズルの死後の主人公がグズルーンとブリュンヒルドルで分岐しているからである。逆に、シグルズルの最初の冒険であるGrípisspáからシグルズルの死後を描くGuðrúnarkviðaまでは、時系列通り順番に並んでいる。いわば、1~5がシグルズルを主人公とした本編で6以降が続編、7が番外編といったところだろう。
… ıſıgurꝺar qͥþı ıɴı ſcōmoただし、写本内で作品名が明記されているのも、「シグルズルの叙事詩・小篇(Sigurðarkviða inn skamma)」だけである。残りの1~6や地の文のFrá dauða …は通称である。通称自体にも、それぞれ歴史的な経緯があり、そう呼ばれている事に関しては尤もな理由があるが、そもそも、写本の著者がこれらの作品の数を7と認識していたか、という点に関しては疑問が残る。つまり、これらの作品の境界線はところどころが曖昧なままなのである。
後回しにすると面倒になるので、先に言っておくが、本稿における「ファーヴニルの箴言」の範囲は、ブッゲのNorrœn fornkvæði, Sæmundar Eddaに依拠している。これは開始位置・終了位置だけでなく、詩の改行や略語の綴りなどに関してもそうである。
境界が曖昧な理由のひとつは、写本に目次のようなリストが存在していないことによるが、より重大な点は地の文同士に一貫性がありすぎることである。おそらく写本
の(オリジナルの)著者の意図は、各作品の舌足らずな点を補い、作品に出てこない時期の背景を補足するものであったのだろうし、その意図は達成されていると言うべきだが、地の文の情報量の多さから、作品を取り除いて地の文だけにしても、十分に意味が通る物語となってしまっているのである。そして、こういった説明は「作品内の補足」と「作品間の補足」に分けることを想定されていないようである。
とはいえ、写本
の著者が、各作品の区切りに関して全くヒントを残していない、というわけではない。それが「三段抜きの文字」である。王の写本
では、最初に掲載されているvǫluspáから一貫して「作品の最初の文字は3行分の特大文字を使う」というレイアウトの方針を貫いている。そして、シグルズル関連の各作品における特大文字の有無は以下のようになっている。
| 通称 | 特大文字 |
|---|---|
| Frá dauða sinfjǫtla | 有り |
| Sigurðarkviða I (Grípisspá) | 無し |
| Sigurðarkviða II (Reginsmál) | 有り |
| Fáfnismál | 有り |
| Sigrdrífumál (断章) | 無し |
| Brynhildarkviða (Sigurðarkviða inn meiri) (断章) | 不明 |
| Frá dauða sigurðar | 有り |
| Guðrúnarkviða I | 有り |
| Sigurðarkviða III (Sigurðarkviða inn skamma) | 有り |
したがって、落丁に巻き込まれて開始位置すら定かではないBrynhildarkviðaを例外として、王の写本
の著者の意図に基づいた作品の区分は以下のようであったと考えられる。
さて、この分類では、地の文であるFrá dauða sinfjǫtlaはSigurðarkviða I (Grípisspá)の一部、とも言える。一方、Frá dauða sigurðarは地の文でありながら、どの詩にも直接従属せず独立している。そして、「ファーヴニルの箴言」と「シグルドリーヴァの箴言」の間には、切れ目がないのである。
よくよく考えると、これはいささか奇妙である。そもそも、「レギンの箴言」は「ファーヴニルの箴言」でも主要な登場人物であるレギンの語りを中心にストーリーが編まれている。しかも、それは、ファーヴニルがなぜ宝を貯め込むに至ったか、という内容であり、いわば、前日譚として「ファーヴニルの箴言」へとストーリーが繋がっているのである。一方の「シグルドリーヴァの箴言」は、シグルズルを主人公としている点を除けば、ほぼ完全に独立、あるいは孤立している物語である。例外は「ファーヴニルの箴言」において、小鳥が「シグルドリーヴァの箴言」の内容をほぼ全てバラしてしまった、というところだが、これは伏線というよりもむしろネタバレの類であり、ストーリーには全く絡まない予告編である。実際、「シグルドリーヴァの箴言」におけるシグルズルは、あたかも小鳥の予言が聞こえていなかったかのように振舞っているのだから、この繋がりは無いも同然である。
しかしながら、王の写本の作者は、「レギンの箴言」と「ファーヴニルの箴言」の間には区切りを入れ、「ファーヴニルの箴言」と「シグルドリーヴァの箴言」の間には区切りを入れなかったのだ。この区切りが、これまで説明したような、表面的なストーリーの区切りではない、という点に異論はないだろう。では、なぜ「ファーヴニルの箴言」と「シグルドリーヴァの箴言」が繋がっているのだろうか。
実は、この点を説明できる理屈が1つだけある。とはいえ、なんといっても地に足がつかない、雲を掴むような話なので、眉に唾を付けながら判断してもらいたい。それは、「怪物を倒せば乙女が復活する」というのが元々のストーリーで、その大筋が細分化された際に「ファーヴニルの箴言」と「シグルドリーヴァの箴言」に分化し、さらに後付けでレギンやブルグントの話が乗っかって来た、という仮説である。
ゲルマンの伝承を語る際に、盛んに論じられるテーマとして「日神話(Tagesmythos)」という時間神話がある。この「日神話」とは、1日というものが存在し、日が昇って沈み、また昇る、というメカニズムの理屈を神話に求める考え方である。同様に、月の満ち欠けが1カ月で行われるというメカニズムを説明する「月神話」や、春夏秋冬が毎年繰り返される件についての「年神話(Jahresmythos)」もあるのだが、ここではひとまず置いておく。それで、「シグルドリーヴァの箴言」には、これが「日神話」である、と信じられるような証拠がいくつもあるのである。
「日神話」には、「日が沈む」という自然現象を説明する理由が必要となる。これは、例えば、日本の神話では天照が岩戸に篭る、といったことである。「シグルドリーヴァの箴言」では、天空を縦横に動いたシグルドリーヴァが『恐怖』の茨によって捕われ眠らされる、というくだりが日没に相当するイベントである。そのシグルドリーヴァの牢獄は、神々によって作られた炎の館であり、その材質は「隈なき閃光(ódøkkr ljómi)」である。その館の位置はhindarfjall、つまり「山の裏側」にある。これは、明るく熱い「太陽」が「山の向こう側」へと隠れる、という現象の説明なのである。ギリシア・ローマでは、太陽神が男で月神が女だが、ゲルマンでは、「巫女の予言」で説明されているように、基本的に、太陽が女で月が男である。したがって、太陽の化身シグルドリーヴァが、勇ましくも乙女であることには意味がある。そして、日没の後には、予定調和として日の出が必要であり、それこそが、シグルズルによるシグルドリーヴァの開放である。しかし、それも長くは続かない。日はまた沈み、最初の状態に戻って新たなるシグルズルによる開放を待ち続けるのである。
シグルズルが「日神話」における太陽の解放者である、という考え方に沿えば、ニーベルンゲンの歌におけるSifritの役割をもある程度説明できる。Sifritが最初に敵対して滅ぼすニーベルンゲン(Nibelungen)のNibel/Nebelとは、「霧」の意味であり、太陽を隠すものである。これを打ち倒して栄光と財宝を得るのは太陽の解放者として、ごく自然の成り行きである。さらに、Sifritはこの後、彼が婿入りしたブルグントの王族に裏切られ暗殺される。すると、ニーベルンゲンの歌では、ブルグントの王族は俄かにNibelungenと呼称されるようになるのである。ちなみに、古ノルド語のniflungarは、Sifritが最初に倒したNibelungenではなく、ブルグントの王族(gjúkungar)のことを指す。この現象を説明できるのも「日神話」だけである。つまるところ、2つのNibelungenに共通するのはSifritに敵対している一族、という点だけなので、Nibelungenの語義そのものが「Sifritの宿敵」だと考えれば辻褄が合う。Sifritは太陽の解放者なので、栄光を約束された者であるが、同時にその凋落をも定められている。霧の一族から太陽を奪うSifritは、日昇に相当し、輝かしい業績として称えられる。しかし、それも長くは続かない。彼が奪った太陽は、彼の死を以て再び霧の一族に奪われ、日没が演出される。この、ある意味インド的ともいえる無常観・輪廻観に裏打ちされたストーリーは、太陽の運行が毎日繰り返されている様を表現しているのである。ニーベルンゲンの歌は、一度滅びた一族が再び甦るほどご都合主義ではない。そこで、「霧」の復活はNibelungenという太陽の敵対者に送られる称号の委譲として表現されているのである。
さて、ここで、1つの論理的な飛躍がある。もし、王の写本のシグルズルに関する「日神話」と、ニーベルンゲンの歌のSifritに関する「日神話」が、もともと同一の「日神話」だったと仮定すれば、おそらくNibelungen族とファーヴニルは互いに対応する存在だろう、と考えられる。つまり、ニーベルンゲンの歌では描写されていないが、Nibelungen族の宝の番人は蛇、ややもすれば、Sifritに無敵の皮膚をもたらしたlintracheである。逆に、王の写本におけるファーヴニルも、文中で明記されていないが、闇の眷属として「太陽を隠すもの」の役割があることになる。これらを全て丸呑みするなら、「ファーヴニル(=霧)を倒せば、シグルドリーヴァ(=太陽)が復活する」という理屈が成り立つので、「ファーヴニルの箴言」と「シグルドリーヴァの箴言」がもともと一続きの逸話であった、という最初の仮説へと繋がるのである。
実際のところ、王の写本の編者が何故「ファーヴニルの箴言」と「シグルドリーヴァの箴言」の間に仕切りを入れなかったのか、正確な理由は知る由もないが、「日神話」というアクロバティックな考え方を補強する材料の1つではあるだろう。
「ファーヴニルの箴言」の特大文字の場所は、本稿の開始位置である地の文ではなく、第1聯の開始位置、ファーヴニルのセリフのSvein & svein
のSである。
このことは、王の写本
の編著者の意図を汲む上で、非常に重要なポイントとなる。シグルズルがファーヴニルを倒すシーンは、この物語における核心と言って過言ではないだろう。しかし、写本の著者にとっては、そんなことは枝葉のバックストーリーに過ぎず、スポットライトを当てるべきは、戦いの趨勢が定まった後の2人の会話なのである。
この点の違和感を最も的確に炙りだしているのが、それぞれの詩の通称である"Reginsmál"、 "Fáfnismál"、 "Sigrdrífumál"だろう。málというからには、賢者が愚者に道理を説くストーリーである。この場合、道理を教えられる生徒役は全て主人公のシグルズルであり、教師役はそれぞれの名称に採用されているレギン、ファーヴニル、シグルドリーヴァを初め、小鳥など様々な人物が務めている。さらに、Grípisspáにおける、シグルズルとグリーピルの関係も同様である。これは、飛び込み型の主人公が様々な人物と触れ合うことによって成長していく、という類型なのである。主人公は未熟ではあるが、聴き手にとってみれば、等身大で感情移入しやすい。しかし、それはあくまで詩の主人公としてのシグルズルである。対照的に、欄外たる地の文におけるシグルズルは、海外遠征で親の仇を討ち滅ぼし、怪物を成敗して財宝を手に入れ、通りすがりに美女にかけられた呪いを解くような正真正銘の英雄である。常識で考えると、こういった成功者からこそ、一家言あってしかるべきだろう。つまり、会話文の一人称パートで活躍するワトソン役と、地の文の三人称パートで活躍するホームズ役に同じ人物が割り振られているのが「ファーヴニルの箴言」なのである。
この現象を一言で言うと、「ファーヴニルの箴言」は二次創作、ということに尽きる。これはギリシア悲劇がギリシア神話の二次創作、という意味においてのそれである。ここでは神話の部分が地の文に相当し、劇の台本が詩に相当する。伝説の大筋から逸れてはいけないという制約を持ちつつも、ある程度、(当時においての)新機軸を期待されている物語なのだ。そして、そうであるならば、この「ファーヴニルの箴言」の醍醐味は、同じように対話文である戯曲と同様に、議論のぶつかり合い、論争にあると言うべきだろう。登場人物たちは自らの矜持を賭して、積極的に予防線を張り、また、相手の言葉尻を捉えて形勢を引っくり返そうと試みるのである。
シグルズルとレギンはグニータヘイズルに登った。そして、ファーヴニルが水場まで這った跡に出くわした。そこで、シグルズルはその通り道の真下に大きな溝を作り、その中に入った。ファーヴニルが黄金の在り処から這い出てきたとき、彼は毒を吹きかけた。その毒液は辺りに飛び散り、シグルズルも頭からかぶってしまった。その後、ファーヴニルが溝に差し掛かると、シグルズルは剣で心臓まで貫いた。ファーヴニルはのたうって頭と尾を振るった。シグルズルは溝から飛び出し、両者は互いを見た。ファーヴニルは言った。
お前の『輝く剣』についた血の量を見るに、これは致命傷だな。おい、お前はどこのガキだ?名を名乗れ。
シグルズルは名を伏せた。というのも、古い時代においては、死を約束された者が親しからぬ相手をその名を使って呪った場合、その呪詛には大きな力が宿ると信じられていたからである。彼は言った。
そうだな、俺のことは『勇敢な貴公子』とでも呼んでくれ。生憎と天涯孤独の身の上でね、どこの子って言われても困るな。
ふん、素性も言えんのか。どうせ、不義密通の挙句捨てられた孤児、ってところだろう。
知らないくせに勝手なことを言うな。もういい、冥土の土産に教えてやろう。俺はシグムンドルの子シグルズルだ。
(実父が、故人のシグムンドルなら)お前を鍛え上げたのは誰だ?あまつさえ、その年で俺への鉄砲玉にするとは、いささか厳しすぎる父親だな。
俺を鍛えたのは誰でもない、俺の心は元々勇敢なんだよ。お前ごとき、この『するどい剣』と、それを握るための両手があれば十分だ。お前みたいなジジイはどうか知らんが、俺たちのような若者は誰だって勇気に満ち溢れている。
そりゃ、普通に戦士の家に生まれて訓練されているのなら、誰もケチをつけたりはせん。(自らを養う術を持たない)今のお前は奴隷なのだろう?そういった輩を戦争に連れていくと、勇敢どころか隅のほうでガタガタ震えてる、ってのが世間の相場だからな。若いから、というだけでは納得できん。
バカにするのもいい加減にしろよ。父親に育てられたかどうかなんて、どうでもいいことだろう。俺は幼い頃に人質にされたが、断じて奴隷になったことなどない。俺が臆病な奴隷でないことは、体中を血まみれにしているお前が一番よく分かっているはずだ!
やれやれ、曲解するのはお前の勝手だが、俺は正しいことだけしか言っていないぞ。予言しよう。お前は『鳴り響く黄金』と『赤く輝く財宝』、これらの輪環によって命を落とすだろう。
予言など、益体もないことを。宝を得れば他人に狙われて危険になるのは当たり前のことだ。それに、貧富を問わず、誰だっていつかは冥土へと行く羽目になる。
おいおい、そんな一般論で片付けるなよ。予言とはすなわちノルンたちの定めだぞ。俺の忠告を聞かないなら、お前なんぞあっという間に死ぬぞ。
ふん、ノルンたちか。賢者を気取るファーヴニルよ、だったら、ノルンたちとは、どこのどいつか答えてみろ。
どこ、と一概には言えん。なぜなら、ノルンたちは場所・種族を選ばず、あらゆるところでランダムに誕生しているからだ。それこそ、アース族・アールヴル族・ドヴェルグル族を問わずな。
では、次の質問だ。スルトルとアース族が血で血を洗う争いを繰り広げる小島を知っているか?
その島の名は『無作為』だ。それはビルロストの残骸なのだが、行き着くまでには、水中を潜って行ける乗り物が必要だ。
俺は今までいろんな奴に会ったが、そいつら全てと比べても、やはりこの俺が一番強い。それに加えて、エーギルの兜で有象無象をびびらせていたから、今まで宝を守ってこれたのだ。お前では宝を守りきれまい。
エーギルの兜とて、騎馬には無意味だな。それに、お前が最強だと?自分の弱さを自覚するには、ちゃんとした敵に出会うことが必要だ。お前が最強を気取っていられたのも、お前の世間が狭かったというだけのこと。
それだけじゃない!お前には効かなかったが、俺には毒がある。
それにしても、随分とご立腹じゃないか、『屈強な大蛇』よ。お前に兜でびびらされた奴の恐怖と、お前の今の憤り、どちらが強いかな。
「お前は『鳴り響く黄金』と『赤く輝く財宝』、これらの輪環によって命を落とすだろう。」シグルズル、これは忠告だぞ。俺の宝にはこれ以上近づくな。さっさと家に帰れ。
だったら、俺もお前に忠告してやる。「今から、俺はお前の宝を取りに行くだろう。」もう忠告はたくさんだ。ファーヴニル、お前は命を砕かれ地に伏したのだ。冥土に財宝は持って行けまい。
大方、お前を唆したのはレギンだろうが、奴はお前も裏切って殺すだろう。この上は是非も無い、議論はともかく、お前が強かったことは認めざるを得まいな。このファーヴニルの命はもう尽きるのだから。
シグルズルとファーヴニルの対峙中、レギンは離れたところにいた。そして、シグルズルが剣の血糊を拭っているとやってきた。レギンは言った。
おお、シグルズル、無事だったか。あのファーヴニルを倒すとは。もはや、お前は地上最強と言っても過言ではあるまい。
それはどうでしょう。勝負は時の運、神々のご加護ですよ。そういう意味では、神々こそが最強の存在、ということになりますね。それに、鍛え上げられた連中の中には、素手で敵を殺せる奴も結構いますよ。
いやいや、そうは言ってもお前も嬉しかろう。一丁前にグラムルの手入れなぞしおって。まあ、兄貴を殺したのはお前だが、俺も役に立てて嬉しいよ。
あなたが役に立った、ですって?あなたの唯一の貢献は、私の勇気を試すような試練を課したことです。それなのに、これ以上何かを要求するつもりですか?私が戦わないと、あなたは宝どころか死んでいましたよ。
そして、レギンはファーヴニルのところへ行き、リジルルという名の剣で彼の体から心臓を切り取った。その後、傷口から血を啜った。
まあ座れよ、シグルズル。俺はもう寝るからさ、ファーヴニルの心臓を火にかざしておいてくれ。こんなに血を飲んだ後だから、今すぐには食べられん。
はぐらかすのは止してください。私がファーヴニルに『するどい剣』を喰らわせている時、あなたは逃げて行きましたね。あなたが茂みにでも隠れている時、私は大蛇と張り合っていたのですよ。
いや、お前だって、地面に穴を掘って、その中に長いこと隠れていたじゃないか。それと同じことだよ。俺の剣では奴の鱗に刃が通らない。だから、お前がヘマをやらかせば、颯爽と駆けつけて助けてやったさ。その時は、お前の剣を俺が振るって決着を付けるつもりだった。
剣の問題じゃないでしょう。戦士の良し悪しは心ですよ。たとえ剣がなまくらでも、勇敢な方が勝つものです。少なくとも俺は、そういう人を見たことがあります。
兵は拙速を尚び巧遲を貴ばざると言うでしょう。ましてや、今にも戦闘が始まる、という時には、うだうだとリスクを考えるよりも、思い切り良く攻撃することが求められていたのです。
シグルズルはファーヴニルの心臓を受け取り、枝で串焼きにした。彼は、十分焼けたかと思ったので、焼き加減を確かめるために、心臓から出た肉汁の泡を指で掬った。彼はやけどを負い、患部の指を口に入れた。そうして、ファーヴニルの心臓の血が、彼の舌に触れると、彼は鳥の言葉が分かった。彼は灌木にいる小鳥たちのおしゃべりを聞いた。小鳥たちは言った。
シグルズルがいるわね。汗まみれで切り株に座って、ファーヴニルの心臓を火で炙ってる。『輪環を壊す者』は、『輝ける命のかけら』を食べるなら、賢いと言えるんだけど。
レギンもいるわね。裏切るとかなんとか、ブツブツ言ってたけど、あの子はまだ信用しているのかしら。多分、レギンの胸中にはシグルズルへの怒りが渦巻いているはず。ちょうど、あの剣に施された兄への呪いのようにね。
『白髪の賢者』の首をちょんぎって、冥土へ送ってやりなさい。そうすれば、ファーヴニルの骸の下にある財宝は、彼がひとり占めできるのに。
私が思うに、姉妹の親切な助言を得るのが賢明ね。彼は自分で考えて、策略をめぐらせるのかな。火のないところには煙がたたないのだから。
彼は戦士としては立派なのだけど、策士としてはどうかしら?兄弟のうち片方を殺して、もう片方に喧嘩を売るなんて、このままで済ますなら指揮官失格ね。
ここでレギンを見逃すのならバカとしか言いようがないわね。レギンはもう裏切る意思を固めているのだもの。なんでもないような顔をしているけれど。
『霜冷のヨトゥン』のように首なしにして、輪環は手放せばいい。そうすれば、ファーヴニルが統べていたものは、全てシグルズルのものになる。
こうしてみると、レギンにはツキが無かったな。さあ、兄弟2人仲良く冥土へ行け。
シグルズルはレギンの首を刎ねた。そして、彼はファーヴニルの心臓を食べ、レギンとファーヴニル双方の血を飲んだ。そして、シグルズルは小鳥が話しかけてくるのを聞いた。小鳥たちは語った。
シグルズル、私は絶世の美女を知っています。だから、文句を言わずに、赤い輪環を全部まとめておきなさい。黄金も、あなたのような英雄には使い道があります。
ギューキ王の城まで続くこの道は、まさに、あなたの運命の道となるでしょう。そこで、あなたは王が大事に育てた娘を購う定めなのです。
ところで、背後の山には、高くそびえる館が建っています。賢者たちは、その館をまばゆい光で作り上げたので、いかな侵入者も炎で焼き払われてしまいます。
その山中の炎の館には、とある策士が眠っています。その者は『亜麻を授ける者』でしたが、『恐怖』が望んでいたのとは違う方を死なせたため、彼に茨で刺し貫かれたのです。
少年よ、兜を脱がせば、その者が女性だとわかるでしょう。かつての彼女は、蹄も撓れと戦場を駈けずりまわっていましたから、そのような装束となっているのです。とまれ、予めノルンたちに定められている通り、スキョルドゥンガル家の末裔が、長き眠りに囚われたシグルドリーヴァを解き放つのです。
シグルズルは馬に乗ってファーヴニルの跡を辿り、彼の建物へと向かった。そして、戸板も枠も鉄で作られた扉が開いているのを見つけた。家の中に入ると、柱も全て鉄製であり、それらは地中まで埋まっていた。そこで、シグルズルは莫大な量の黄金を見つけ、2つの箱を満たした。また、彼はエーギルの兜と黄金の鎖帷子と「剣の剣」と多くの宝石を取り、グラーニの背に積んだ。しかし、 馬はそこから前へ進もうとしなかった。それで、シグルズルはその背から降りた。
根底を流れる物語は単純な勧善懲悪である。しかし、登場人物の3人全てが宝物を自分で独り占めしようと画策しており、口論の内容は多分に現実的である。
ファーヴニルは、当初、何が起こったのか把握できておらず、刺客があまりにも若いことを訝しんでいたが、ひとたびレギンの関与に思い至ると、シグルズルとレギンが仲違いするように誘導し、宝の危険性を強調して、助言と引き換えに宝を放棄するように薦めている。瀕死の瀬戸際にありながら宝が諦めきれない、という人物造形は、時代と地域を越えて通用する人間の本質と言うべきだろう。
シグルズルは、ファーヴニルには、剣の恩恵を再三口にしておきながら、レギンに対しては、まるで剣の助力はなくても問題なかったかのように嘯いている。また、ファーヴニルと正々堂々戦ったわけではなく、待ち伏せによる暗殺であったことを棚にあげており、口論ではレギンに突っ込まれている。彼が主張する正当性は、敵前逃亡したレギンの弱みという一点だけに支えられており、レギンの臆病さに執拗に拘るうざったさがレギンを怒らせている。勇敢ではあるが、決して人格者というわけではなく、むしろ若者にありがちな短気かつ狭量な人物である。
結局、シグルズルはファーヴニルと小鳥の讒言をもとにレギンの寝込みを襲い、またしても不意討ちで殺している。第33聯によると、レギンがシグルズルに敵対しようと思った直接のきっかけは口論に負けた腹立ちからであり、最初からシグルズルを裏切る気ではなかったようである。ここから、レギンという人物の、博識かつ慎重でありながら、移り気な性格が伺える。こういう人物への対処法は、シグルズルがしたような有無を言わせぬ方法が最も効果的、とは言えるかもしれない。小鳥が第36聯で指摘しているように、レギンには「兄弟の仇」というシグルズルを討つ大義名分があるのに、シグルズルはレギンを討つ口実が何もない。このままシグルズルの言い分を通して喧嘩別れをすれば、後で確実に報復される状況である。中世的な倫理観も加味すると、レギンにとっては自業自得とも言える。
しかし、シグルズルをあえて完全無欠の人物とは描写せず、レギンやファーヴニルの言い分にも一定の理を認める作者の意図も汲むべきだろう。もし、シグルズルがファーヴニルとの会話時から精神論一辺倒だったなら、レギンとの会話は全くの平行線で味気ないものになっていたはずである。しかし、作中のシグルズルは違う。主張の大枠は一貫しているが、状況と相手に応じて論点の比重を微妙に変えており、その柔軟性にこそ英雄の弁才が発揮されているのである。
詭弁を弄す三者だが、だれも嘘はついていないのである。見方によっては、シグルズルを悪役にするのも簡単である。そもそも、作中でファーヴニルが述べているように、ファーヴニルの財産は、彼自身の父から(経緯はどうあれ)受け継いでいるので、もともとは純粋にファーヴニルとレギンの間での相続争いであり、シグルズルの出る幕ではない。レギンの逃亡は、肉親に手をかけるのを躊躇ったと考えれば自然であるし、レギンが財宝を自分の物だと看做しているのは、兄弟が全滅している以上、一族には自分しか後継者がいないのだから当然である。加えて、レギンの裏切りには客観的証拠が全くない。「小鳥のおしゃべり」がシグルズルの幻聴だったなら、もうほとんどシグルズルに正当性は残らなくなる。シグルズルにしか聞こえない証言というのは、レギン側からは絶対に認められない言い分だろう。
自分を弁護してくれるのが小鳥しかいないところに、しかも、その小鳥が第34聯のようにあからさまに邪悪な(かつ的確な)助言をしてくるところに、根無し草一族の孤独と悲哀がある。元来ファーヴニルと争うのもレギンと争うのも、シグルズルが原因とは言いがたく、ただ状況に流されてしまったのである。これはファーヴニルとレギンの兄弟を殺すことによって、シグルズル自身が「囚人(bandingi)」の身からから開放される物語なのだ。つまり、もうひとつの「茨姫」である。